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瞳、奪われる。5
翌週の金曜日、夏川はカウンターで朝霧を待っていた。
若い男達がそんな夏川にわらわらと近づき、今晩のお相手にしてもらおうと纏わりつく。
今まで誰が誘ってもなびかなかった夏川が、男を連れてホテルに入っていったという噂が『やどり木』の中で蔓延していたせいだった。
夏川は背後の扉が開く度、神経を研ぎ澄ませた。
そして入店してくる男が朝霧でないと分かると、その度に落胆するのだった。
夏川がカウンターに座ってから1時間後。
ようやく朝霧がやってきて、同じくカウンターに腰かけた。
この時を待っていた夏川は、朝霧にどう近づくか、男達と話しながら必死に考えを巡らした。
朝霧が自分を意識していることは、夏川にも分かっていたが、素直に誘ってもプライドの高そうな朝霧はついてこない気がしていた。
素面じゃ余計、無理だろうな。
夏川はそう考えると、朝霧の横で煽るように酒を飲み干した。
「もうおじさんはおネムの時間? 」
そう揶揄うと、朝霧は真っ赤な顔で、度数の高いカクテルを注文した。
夏川は酔ったふりをしながら、朝霧を観察していた。
夏川はザルでどれだけ飲んでも、潰れたことなどなかった。
酔って、夏川に暴言を吐く朝霧の目元には、痛々しいほどの隈が浮かんでいた。
夏川はそこに手をのばしかけ、引っ込めた。
あとであの隈に優しいキスを落とそうと誓いながら。
マスターに閉店を案内され、夏川はさっと万札を取り出した。
酔っぱらった朝霧がもたもたしている間に、彼の分まで、夏川は会計を済ませた。
さっと立ち上がると、背後から「待てっ」と怒鳴る朝霧の声がした。
夏川は店から出ると、わざとゆっくりと歩いた。
さあ、早く追いかけてこい。
肩を掴まれた瞬間、夏川の顔には勝利の笑みが浮かんでいた。
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