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私から見た彼らは2

 そんな朝霧と夏川が酔っ払って言い争い、ほぼ同時に店を出て行った時、猪塚は思わず朝霧を呼び止めそうになった。  いつも節度をわきまえて飲んでいる朝霧が、閉店時間も忘れるほどに酔っ払ったのは、その時が初めてだった。  朝霧がそんな酒の飲み方をしたのは、どう見ても夏川に煽られたからだ。  無理やり飲ませているのなら、猪塚も止めたが、夏川と言い争いながら酒を飲み干す朝霧はどこか楽しそうに見えた。  しかし猪塚は不安で仕方なかった。  夏川は男のあしらい方一つとってみても、相当な経験を積んでいるように感じ、見たい目からは想像できないほど純情な朝霧は彼にいいように振り回されるのではと猪塚は憂慮した。  しかし他人の恋愛には、それが犯罪行為に絡みそうなもの以外は口をださないことを決めている猪塚は、結局呼び止めることはしなかった。  その後、睡眠不足で体調が悪そうな朝霧を見る度、猪塚はやはりあの時、呼び止めるべきだったのではと後悔せずにはいられなかった。  こうやって朝霧と夏川が付き合い始めた今でも、純情な朝霧が夏川にいいようにされているのではという不安も、猪塚は拭いきれなかった。  もし、今日の夏川のお宅訪問で、朝霧が少しでも辛そうな表情を見せたならば、その時こそ自分の出番かもしれないと猪塚は密かに決意し、エレベーターの中で、ごつい拳を握りしめた。  他人の恋愛には口をださないと決めている猪塚のその決意は、美しいのにどこか寂し気に見える朝霧を相当気に入っている証拠だった。  扉を開けた夏川にリビングに通され、猪塚はぽかんと口を開けてしまった。 「こんなドラマでしか見たことないような夜景の見えるマンションって、本当にあるのねぇ」  猪塚の言葉に、朝霧が苦笑する。 「俺も最初来た時、マスターと同じ様に驚いたよ」  その素直な言葉が可愛らしく、猪塚も自然と微笑んでいた。

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