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私から見た彼らは5
「うん。口に合ったみたいで良かった。意外と簡単なんだよ」
夏川がにこっと笑う。
「本当は俺も手伝えれば良かったんだけど、俺、料理はからきしダメで」
眉を寄せる朝霧の頭を、猪塚はぽんと叩いた。
「あら、私だって料理は大の苦手よ。だから『やどり木』のメニューに食事系は一切ないでしょ? 」
朝霧が頷く。
「不味い物をだして、お金を貰いたくないっていうのが私のプライドなの。その分、カクテルやお酒の品揃えにはかなり自信を持っているわ」
「マスターのカクテル、美味しいもんね」
夏川の言葉に猪塚が微笑む。
「ありがとう。人には向き、不向きがあるのだから、できることを頑張ればいいのよ」
猪塚がぽんと朝霧の背中を叩く。
「うん、そうだね」
朝霧が頷くと同時に、夏川のスマホが音をたてた。
「悪い。仕事の電話だ」
夏川はスマホを片手に、奥の部屋に入っていった。
夏川は立ち去る際に、朝霧のこめかみにキスを落としていくのも忘れない。
そんな夏川をうっとりと見つめる朝霧に猪塚は思わず苦笑した。
「最初はどうなることかと思っていたけど、結構うまくいってるみたいじゃない。あんたたち」
朝霧は猪塚の言葉にはにかんだ笑顔を見せた。
こんな表情も以前の綺麗な顔で澄ました朝霧からは想像もつかないものだった。
もし夏川にいいように朝霧が振り回されているのならば、なんとかしなければと意気込んで来た猪塚は、いい意味で予想を裏切られ、ホッと息を吐いた。
「あのリョウがみっちゃんに対しては、目の中に入れても痛くないってくらいの溺愛ぶりでしょ? 料理だけじゃなくって、色々ご馳走様ですって気持ちよ」
猪塚に小突かれ、朝霧はうっすらと頬を染めた。
「そんな……リョウは誰にでも優しいだろ? それに俺、抱かれる立場は久しぶりだし、あんな年下と付き合うのは初めてだし、不安も多いよ」
ぼそぼそと朝霧が呟く。
「何言ってんの。リョウは確かに優しいかもしれないけど、みっちゃんにだけ、特別に優しいのはすぐに分かったわよ。自信もって」
猪塚は軽く朝霧の背中を叩いた。
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