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私から見た彼らは8

「ねえ、それより、俺のいない間、帝と何話したの? 」  猪塚は先ほどの朝霧との会話を思い出し、逡巡した。  とても個人的な会話であったし、いくら付き合っていると言っても朝霧の了承も得ずに、夏川に話してしまっていいものか。  だが、朝霧は悩んでいても性格的に夏川に打ち明けられないだろうと考え、猪塚はあえて、話すことにした。 「みっちゃん、自分のその……ベッドの中での声が大きすぎるんじゃないかって気にしてたわよ」  夏川がきょとんとした顔をする。 「リョウといる時も、ホテルからクレームがついたって。あの子泣きそうな顔で話してたわ」 「ああ、そのことね」  何でもないことのように夏川は頷くと、自らのグラスにワインを注ぎ、一気に飲んだ。  朝霧と違って夏川が酒にめっぽう強いことを猪塚は知っていた。 「ちょっと、あんたは気にしなくてもみっちゃんは繊細な子なの。元カレにもそれで振られたって言っていたし」 「元カレ? 」  夏川の視線が鋭さを増すのと、猪塚がしまったと口を押さえるのはほぼ同時だった。 「そこまで話すつもりはなかったんだけどね。私も酔っ払っているみたい。みっちゃんには直接聞かないであげてよ。みっちゃん、元カレに喘ぎ声が下品だって言われたことがあるみたいで。リョウにも同じことを言われたらどうしようって悩んでるのよ」 「下品だって? 最低なことを言う男だ」  夏川が吐き捨てるように言う。 「声のことは、帝が気にしすぎているだけだよ。実際はホテルからのクレームなんてなかったし」  猪塚は夏川の言葉に目を丸くした。 「どういうこと? 」 「帝と会うのに、ホテルじゃなくて、俺の家に来てほしくてね。誘ったって、あの頃の帝じゃ、素直にうちに来てくれなさそうだったし。俺がフロントに頼んで、一芝居うってもらったわけ」  猪塚が表情を険しくする。 「そういうやり方は、私はあんまり好きじゃないわ。みっちゃん、本当に気にしていたのよ」 「ちゃんとフォローはしておくよ。もう元カレのことなんて思い出して欲しくはないし」  猪塚は笑顔の夏川にむかって、頭を振った。

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