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第82話
真島に抱きついたままだったということに気付いた朝霧が、慌てて体を離す。
夏川はそんな朝霧の手首を掴むと、自分の方に引き寄せた。
夏川は真島を睨みつけている。
「今のは朝霧さんのシャツの中に虫が入りこんだから、俺がそれを逃がしただけで」
困惑した表情の真島の前で、夏川が頷く。
「分かった。でも、今後この人に気安く触るのは止めて」
「リョウ」
せっかく助けてもらったのに何を言うんだと、朝霧は咎めるようにその名を呼んだ。
夏川は朝霧の手首を掴んだままずんずん歩き始める。
「リョウ」
朝霧は掴まれた手首も痛いし、真島にも謝りたくて、眉を顰めた。
真島から十分離れると、夏川はその手を離した。
「リョウ。何で猛さんにあんなこと言ったんだよ。失礼だろ」
「もう下の名前で呼んでるんだ」
夏川がぽつりと零す。
「それは猛さんがそう呼んでくれって言うから……」
「ふぅん。仲良くなれて良かったじゃん。猛って帝のもろタイプだもんね」
「どういう意味だよ」
不機嫌そうに口を尖らせる夏川を、朝霧が睨みつける。
「帝、ああいうマッチョ系好きじゃん。俺と付き合う前にほいほい付いていった男もあんな感じだったし」
「だからっ、あれはそういうんじゃないって散々説明しただろ。しつこいよ。いつまでもそういうこと言うの子供っぽいって思わないか? 」
年下だということを気にしている夏川に、わざとそんな風に朝霧は言った。
夏川の表情が険悪なものに変わる。
「どうせ俺は子供ですよ。筋肉も猛ほどじゃないしね」
「だから、そういう話じゃないだろ。頭、冷やせよ」
山田の話を聞いてから、もやもやしたものを抱えていた朝霧は、夏川に対していつもよりきつい言葉をぶつけてしまう。八つ当たりだとは分かっていたが、そもそも最初から二人きりの旅行だったら、こんなことで揉めなくて済んだのにという思いも消せない。
「分かった。帝、体調は回復したんだよね? 」
「ああ、もうすっかり」
「心配して部屋を見に行ったら、居ないから驚いたよ。この辺猪とかも出るみたいだから、あんまり1人でふらふらしないで」
「それは……ごめん」
探しに来てもらったのは申し訳なかったと、朝霧は素直に頭を下げた。
夏川は大きなため息をつくと、朝霧に背中を向けた。
「とりあえず、バーベキューの準備できたから行こう」
朝霧は足早に歩く夏川に遅れまいとついて行った。
夏川はバーベキュー場に着くまで一度も朝霧を振り返らなかった。
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