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第180話

「君が目を覚ますまで手持ち無沙汰だったからね。勝手に借りて見ていたんだ」  それは朝霧の中学時代のアルバムだった。  修学旅行の時だろうか。  音羽は弁当を頬張っている朝霧の写真を見つめ、愛おしそうに撫でる。 「この頃の帝くん、本当に天使みたいに可愛かったよね」  以前、音羽に育ちすぎたと言われ、別れを告げられた時のことを、朝霧は思い出していた。  あの頃は音羽から可愛いと思って貰えない容姿になってしまった自分が、本当に嫌だった。  当時はそんな気持ちを抱えて、死ぬことさえ考えたが、今となっては振られて良かったと思える。  夏川に出会えたから、そう思えた。 「相変わらずあんたは子供が好きなんだな」  軽蔑したように言うと、音羽が顔を上げた。 「うん。ううん、それは違う。僕もずっと自分は小さい子が好きなんだと思っていた。でも違った」  そこで音羽はにっこりと笑った。  人懐っこい無邪気な笑みだったが、朝霧はゾッとした。 「あれから何人かのお子さんの家庭教師をやらせてもらったんだ。それでも誰一人帝くんに覚えた胸を焦がすような、愛おしくて堪らなくなるような気持にさせてくれる相手には出会えなかった」  夢見るような視線を音羽は立ちつくした朝霧に向けた。 「帝君が僕の特別だったんだ。それに気付いたから僕は頑張って医学部に転部した。勉強は得意だったけど、今までと分野が違うから、なかなか苦労したよ」  そう確かに朝霧が覚えている限り、音羽の大学での専門は建築学だったはずだ。それがいつの間にか医者を目指していたなんて。  朝霧はこれから続く音羽の言葉に身構えるように、両手をぎゅっと握りしめた。 「全て君のためだ。帝君に少しでも近づきたくて、僕は医者になったんだ」  朝霧は驚愕し、しばし言葉も忘れ、音羽と見つめ合った。  そして朝霧は大きく息を吐くと、悪夢を振り払うように頭を振った。 「あんたがどんなつもりで医者になったかなんて知らない。それは俺には関係のない話だ」

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