205 / 241

第183話

「そう。じゃあ、その男とすぐに別れて」  朝霧は口を中途半端な形で開いた。 「冗談じゃない。別れるわけないだろ」 「なら、僕も跡は継がない。おじさんには帝君が反対するから、後継ぎにはなれませんって言うからね」  青くなった朝霧を見て、音羽がくすりと笑う。 「正直ね、おじさんの医者として腕が衰えてきているんだ。80過ぎだから仕方ないけど、大きな病気のサインを見逃して患者からクレームがきたり、薬や病名が急に思い出せなくなったり」  先ほど会った父親は確かに年齢よりは若く見えた。  しかし父親の年齢的に音羽の言っていることが適当な嘘だとは朝霧は思えなかった。 「だからいち早く後継ぎを見つけたいっておじさんすごく焦っていたよ。それにここは都会じゃない。そんな簡単に都合のいい医者が見つかるものでもないしね。僕が跡を継いでもいいって申し出た時、おじさん泣いて喜んでたよ」  朝霧はあの厳しい父親が泣いたところなど、見たことがなかった。  それほど音羽の存在は父にとってありがたかったということだろう。  朝霧は眩暈を覚えて、しゃがみこんだ。 「ちょっと待ってくれ。俺はあんたがここを継ぐことに一切反対したりしない。なのに、何で」 「だから言ってるだろ。帝君が手に入らないなら、僕はここを継がない。僕は君が欲しいだけなんだよ」  聞き分けのない子供に言い聞かすような音羽の口調だった。 「そんなの無茶苦茶だ」  呆然と朝霧が呟く。  その時ノックの音が響いた。 「お話し中のところごめんなさい。主人が心臓が痛いって」  母の焦った声が聞こえた。 「すぐ行きます」  立ち上がった瞬間、すでに音羽の表情は冷静な医者のそれだった。  音羽に続いて母と朝霧も階段を降りる。 「父さんってどこか悪いの? 」 「去年の冬に心臓をね。胸を押さえて苦しそうにするあの人に気付いて、音羽さんが検査を受けるように勧めてくれたの。そしたら心臓弁膜症で」 「えっ」  朝霧の上司の父親が以前、同じ病気で亡くなっていた。

ともだちにシェアしよう!