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第184話

「手術をして今はすっかり良くなったけど、発見が遅かったら命にかかわっていたって。あの時音羽君が検査に行くように言ってくれて本当に良かったわ」  微笑みながらそう告げる母に、朝霧は複雑な表情を浮かべた。  ソファに座り、胸を押さえる父の前に音羽が座り込み、問診する。  いくつか質問すると音羽が立ち上がった。 「タクシーを呼んでください。大きな問題はないと思いますが、一応見てもらった方がいい」  そう言われて母がスマホを手に取る。  音羽は朝霧に近づくと、自分もスマホを取り出した。 「おじさんの病気のことで何かあったら連絡したいから、番号聞いてもいいかな」  正直朝霧は音羽と連絡先を交換するなんて嫌だった。  しかし父の病気のことを知ったあとでは、無下に断ることもできない。  本当なら俺がしなければいけなかった長男の役割を、音羽が完璧にこなしてくれていたんだ。  そんなことを考えながら、朝霧はSNSのQRコードを音羽に提示した。  タクシーのクラクションが聞こえ、音羽が肩を貸し、父をタクシーに乗せる。  その隣に母も乗りこんだ。 「連絡するから」  音羽はそう告げ、助手席に乗った。 あっという間にタクシーが去る。  誰一人、朝霧に一緒に病院に行こうと言う者はいなかった。  音羽との再会。病院の跡継ぎ。父親の病気。  色んなことがいっぺんに起こり、朝霧の頭は混乱し続けていた。  寒空の下、コートを手に持ったまま、しばらく朝霧はそのまま立ちつくしていた。  夏川のマンションのエントランスに着くと、見知ったコンシェルジュに挨拶をされ、朝霧も反射的に愛想笑いを返した。  正月、俺は実家に帰省するけど、帝にはここに居て欲しい。  朝霧は夏川からそんなお願いをされていた。  朝霧は年末、仕事を収め、日付の変わった時刻に夏川のマンションにたどり着いた。  冷蔵庫を開け、1人分の簡単なおせちと、シャンパンを楽しんだ。  夏川が用意してくれていたものだった。

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