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第185話
それ以外にも、夏川は朝霧の好物をいくつも作り、冷凍して行った。
風呂は自宅よりもずっと広く、ジャグジー付きだし、床暖房もある。
夏川の家は快適だった。
それでもこんな日は夏川本人に会いたい。
そんなことを思いながら玄関の扉を開けると、そこには見慣れた革靴が置いてあった。
リビングまで小走りに向かうと、窓の外を眺めていた夏川がこちらをむく。
「帝」
朝霧は何も言わず、夏川の胸に飛び込んだ。
朝霧の体をふらつくこともなく、夏川は抱きしめ返した。
「熱烈大歓迎だね」
夏川は腕の中の朝霧の顔を上げさせると、その額に口づけた。
「帝。どうしたの? 何かあった? 」
今にも泣きだしそうな朝霧に夏川が問う。
「実家に行ってきた」
朝霧の言葉に夏川が目を見開く。
そこから実家で起こったことを、朝霧はつっかえつっかえ夏川に語って聞かせた。
夏川は話を聞きながら、朝霧のコートを脱がせ、部屋の温度を上げると、彼の膝にブランケットをかけ、カフェオレのカップをその手に握らせた。
話終えた朝霧が興奮から荒い息を吐いているのを宥める様に、その肩を夏川がしっかりと抱き寄せる。
「帝、頑張ったね」
朝霧が首を振る。
「頑張れてない。俺は結局、あいつの提案をきちんと断れなかった」
帰る道すがら、朝霧は色々なことを考えた。
もし、朝霧が音羽の提案を飲まず、彼が病院を継ぐのを断ったら父と病院はどうなってしまうのか。
心臓に持病のある父にそんな心理的な負担を与えていいのか。
しかし音羽の傍で暮らすなんて、朝霧は考えられなかった。
堂々巡りに問いに答えはでなかった。
「お義父さんの容体は? 大丈夫だった? 」
「うん、検査したけど問題なかったってメールがきた」
音羽からきたメールを夏川に見せる。
「それは良かったね。それで帝、まさか音羽の願いを叶えるために、俺と別れようなんて考えてないよね? 」
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