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第194話

 朝霧はそこで涙を堪えて、無理やり微笑んだ。 「親不孝でもいいんだ」  ふいにカタカタと机が揺れ始めた。  地震かと思ったら、音羽が机の下で貧乏ゆすりをしていた。 「そんなにいいのか。夏川だっけ……あんな見た目だけで中身の空っぽそうな男が」 「調べたのか」  朝霧のふいに大きくなった声が響く。 「静かにしなさい。他のお客様に迷惑だよ」  音羽が余裕を取り戻そうと、強ばった笑みを浮かべる。 「ああ、夏川のことは調べたよ。帝君に相応しい相手か確認が必要だからね。調べた結果、彼はただの遊び人だと確信した。純粋で真面目な君の相手に、彼はふさわしくない」 「何も知らないくせに分かったようなことを言うな」  朝霧は怒りで握った拳が震えるのに気付いた。 「分かるよ。ああいう輩は大勢見て来た。甘い言葉を囁いて、調子がいいだけ。責任をとるなんてことは何一つしない、ろくでもないタイプだ」 「あんたに傷つけられて、自分に価値がないと思っていた俺を救ってくれたのがリョウだ。あんたと比べるのがおこがましいほど、あいつは上質な男なんだよ。勝手なことを言うな」 「君は騙されている。でもそれを認めたくはないんだろうね」 「うるさい。話がそれだけなら、俺は帰る」  立ち上がった朝霧の手首を音羽が掴む。 「まだ話は終わっていないよ」 「俺はこれ以上あんたと話すことなんてない」 「夏川に関することだと言っても? 」 「リョウに関することだって? どうせ偏見まみれの馬鹿みたいな話……」 「大学時代、夏川にレイプされたって言っている女の子がいるんだ」  朝霧は音羽の言っている意味が分からなかった。  何度か瞬きを繰り返す。 「そんなわけない」  夏川が朝霧と付き合う以前、性に奔放だった時期があったというのは聞いていた。  でも優しい彼が、誰かを無理やりなんてこと、あるはずがない。  朝霧はもう一度座りなおすと気持ちを落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。 「でたらめ言うなよ。名誉棄損って言葉を知っているか? 」  朝霧に睨みつけられた音羽が肩を竦める。 「でたらめじゃない。なんだったら彼女の話を録音したものがここに入っている」  音羽が自分のスマホを手に持って振って見せる。 「聞きたい? 」  朝霧は色々な考えを頭に巡らせたが、最終的に小さく頷いた。

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