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196話
「確かに彼女の証言だけでは信憑性に乏しいかもしれない。裁判になったとしても、彼女は負ける可能性が高いだろうね」
「だったら」
詰め寄る朝霧に音羽はふっと笑った。
「今の時代、こういう情報はネットでいくらでも拡散できる。たとえ真実か分からなくても、若手イケメン社長のスキャンダルなんて、炎上しやすい話題じゃないかな」
「そんな真偽不明の内容を拡散するだなんて、名誉棄損だろ」
朝霧が青い顔で呟くと、音羽は再度肩を竦めた。
「僕自身がやるなんて言っていないよ。ただ彼女は未だに夏川を酷く恨んでいるようだったからね。そういう方法もあるって助言してあげるのも、いいかもしれないって思っただけ」
「卑怯者」
「何とでも。僕は帝くんを手に入れるためなら、どんなことだってするつもりだ。手段なんて選んでいられないよ」
朝霧は絶望から眩暈を覚え、ぎゅっと目を閉じた。
自分のせいで、夏川の名誉に傷がつくかもしれない。それはきっと仕事にだって影響するだろう。
そんなこと朝霧は許せるはずがなかった。
「少し考えさせてくれないか」
朝霧は絞りだすような声で告げた。
こうやって音羽に頼む状況も本当は嫌で仕方なかった。
このまま音羽の言いなりになるなんて、まっぴらだ。
それでもここで音羽を怒らせたら、本当に彼が何をするか分からない。
そんな底知れなさが、今の音羽にはあった。
「分かった。重大なことだものね。そんなすぐに帝くんも決められないよね」
物わかりよく、音羽が頷く。
「じゃあ、今日はこれで」
立ち上がった朝霧の二の腕を、音羽が掴む。
その瞬間、朝霧はザッと鳥肌をたてた。
「とりあえず今日は帰してあげる。その代わり、僕のお願いを1つだけ聞いて欲しいな」
「お願いって何だよ」
朝霧はごくりと唾を飲んだ。
「簡単なことだよ」
音羽は朝霧の青白い顔を覗きこんでそう告げた。
音羽の真っ黒な瞳の中に、自分が映っていることに気付いた朝霧は、もうどこにも逃げられないような、そんな気分になった。
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