218 / 241

196話

「確かに彼女の証言だけでは信憑性に乏しいかもしれない。裁判になったとしても、彼女は負ける可能性が高いだろうね」 「だったら」  詰め寄る朝霧に音羽はふっと笑った。 「今の時代、こういう情報はネットでいくらでも拡散できる。たとえ真実か分からなくても、若手イケメン社長のスキャンダルなんて、炎上しやすい話題じゃないかな」 「そんな真偽不明の内容を拡散するだなんて、名誉棄損だろ」  朝霧が青い顔で呟くと、音羽は再度肩を竦めた。 「僕自身がやるなんて言っていないよ。ただ彼女は未だに夏川を酷く恨んでいるようだったからね。そういう方法もあるって助言してあげるのも、いいかもしれないって思っただけ」 「卑怯者」 「何とでも。僕は帝くんを手に入れるためなら、どんなことだってするつもりだ。手段なんて選んでいられないよ」  朝霧は絶望から眩暈を覚え、ぎゅっと目を閉じた。  自分のせいで、夏川の名誉に傷がつくかもしれない。それはきっと仕事にだって影響するだろう。  そんなこと朝霧は許せるはずがなかった。 「少し考えさせてくれないか」  朝霧は絞りだすような声で告げた。  こうやって音羽に頼む状況も本当は嫌で仕方なかった。  このまま音羽の言いなりになるなんて、まっぴらだ。  それでもここで音羽を怒らせたら、本当に彼が何をするか分からない。  そんな底知れなさが、今の音羽にはあった。 「分かった。重大なことだものね。そんなすぐに帝くんも決められないよね」  物わかりよく、音羽が頷く。 「じゃあ、今日はこれで」  立ち上がった朝霧の二の腕を、音羽が掴む。  その瞬間、朝霧はザッと鳥肌をたてた。 「とりあえず今日は帰してあげる。その代わり、僕のお願いを1つだけ聞いて欲しいな」 「お願いって何だよ」  朝霧はごくりと唾を飲んだ。 「簡単なことだよ」   音羽は朝霧の青白い顔を覗きこんでそう告げた。  音羽の真っ黒な瞳の中に、自分が映っていることに気付いた朝霧は、もうどこにも逃げられないような、そんな気分になった。

ともだちにシェアしよう!