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第197話
自宅に戻った朝霧はため息をついて、フローリングの床に座り込んだ。
もう何もする気力が湧かなかった。
電話が鳴り、朝霧は無意識に通話ボタンを押す。
「帝? 」
「リョウ」
久々に聞く恋人の声は、いつもと変わりなかった。
夏川の声を聴いただけで、朝霧は胸がいっぱいになって、じんわりと涙を浮かべてしまう。
「今日、珍しくこの時間に仕事上がれたんだ。帝、うちにいなかったろ? 」
「いや、今日は自宅の方に戻ってて」
朝霧は言い淀み、自分の下半身をじっと見つめた。
夏川の顔は見たかったが、こんな状態で会うわけにはいかない。
「ごめん。風邪をひいて、ちょっと熱があるみたいなんだ。リョウに移したくないから、今日は家で寝ているよ」
「熱だって? なんで連絡くれなかったんだ。体調が悪い帝を1人になんてしておけるわけがないだろ。今から、俺、帝の家に行くから。うちでちゃんと看病してあげる」
「そんな……リョウは仕事が忙しいんだし、悪いよ」
「帝より大切な仕事なんてない」
さらりと言うと、夏川が電話を切った。
朝霧は立ち上がるとうろうろと部屋を歩き回った。
「どうしよう」
そんな独り言が口から漏れる。
いっそ夏川が来る前に外出してしまおうかと考えていると、部屋のインターフォンが鳴った。
「帝、いるんだろ」
コツコツとノックされ、もう来たのかと、朝霧は固まってしまう。
多分さっきの電話も車の中でかけていたのだろう。
「帝、風邪をうつしたら悪いとかそんなこと考えなくていいから。とりあえず開けてよ。外、寒くて俺まで風邪ひきそう」
夏川のくしゃみが聞こえて、朝霧は慌てて玄関に駆け寄ると、扉を開いた。
「帝」
満面の笑みの夏川に抱きしめられ、朝霧は体を硬くした。
朝霧を腕の中から離した夏川が首を傾げる。
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