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第202話
でもそんなことを言って、音羽を怒らせて、夏川に迷惑をかけたくなかった。
夏川に嫌われたくなかった。
「もう手遅れかもしれないけど」
朝霧はそう呟きながら、音羽へのメールの返信を打ち始めた。
「朝霧さん」
会社で背後から声をかけられて、朝霧は振り返った。
渡会の後任の八木下が書類を片手に立っている。
「これチェックして欲しいんですけど」
「ああ、分かった」
書類を手渡した後も、八木下は立ち去らなかった。
「どうかしたか? 」
「どうかしたのは朝霧さんの方じゃないですか」
八木下は朝霧よりだいぶ年下だが、はっきりと物を言う性格だった。
言い方はきついが、八木下の心配気な表情を見て、朝霧は苦笑することしかできなかった。
夏川から連絡が途絶えて、一か月。
連絡が全くない夏川とは反対に、音羽からは毎日のように朝霧のスマホにメールが届いていた。
音羽から呼び出されると断れない朝霧は、あれから何度も音羽とホテルで会っていた。
ホテルで会っても音羽は一切、自分の衣服は乱さなかったが、いつも朝霧には部屋に入るとすぐに全裸になるよう命じる。
そうして朝霧の後口にバイブをねじ込み、自慰を強制する。
朝霧が貞操帯を外してもらえるのは音羽と居る時間だけだった。
音羽の目の前で、自分の性器を擦りあげるのは苦痛だったが、朝霧は拒否できなかった。
泣きながら、全く勃起しない性器を擦る朝霧を見つめ、音羽はいつも心の底から楽しそうに笑った。
朝霧はそんな自分の姿が情けなくて、その度に消えてしまいたくなった。
そんなことを何度も繰り返され、朝霧の顔色は日増しに悪くなる一方だった。
「朝霧さんろくに飯も食ってないでしょ? 朝霧さんダイエットなんて必要ないのに、すごい痩せちゃったじゃないですか。それに夜、眠れてますか? ここんとこずっと顔色真っ白ですよ? 一度病院に行ったほうがいいんじゃないですか? 」
八木下の言葉に、朝霧は俯いた。
後輩にこんなに心配をかける自分が情けなかった。
食事など、食べたら吐いてしまうし、睡眠も眠ると悪夢ばかり見てしまう。
それでもこれ以上そんなことを八木下に言って、これ心配をかけるわけにはいかないと、朝霧は無理やり笑みを浮かべた。
「心配かけて悪いな。それじゃあ、今日は早退させてもらって、家でゆっくりしようかな。最近プライベートで色々忙しくてろくに休めてなかったんだ」
「そうですよ。そうしましょう」
八木下があからさまにホッとした表情を浮かべる。
こんなに心配をかけてすまないと朝霧は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「やっておくべき業務があれば、何でも言ってくださいね。朝霧さんは体調第一で」
明るく告げる八木下に頷いて、朝霧は帰り支度を始めた。
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