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第204話

「痛いっ」  朝霧は悲鳴を上げた。  中学生の頃にも打たれたことはあったが、久しぶりに朝霧はその痛みを思い出していた。 「痛い。やめて、公平さんっ」  朝霧は子供のように懇願した。 「嫌なら服を着て帰ればいい。でもそうしたら僕は、夏川の過去を黙っている自信がないなあ」  その言葉に朝霧はハッと息を飲むと、ベッドについた両手に力を込めた。 「大丈夫。耐えられる」  自分に言い聞かせるように、朝霧が呟く。 「いい子だ」  音羽は朝霧の汗の浮いた首筋を優しく撫でると、同じ手でベルトを思い切り振り上げた。  帰宅した朝霧の背中はボロボロだった。  出血している気もするが、病院に行くつもりはなかった。  医者に怪我の原因を聞かれても朝霧は答えられそうにない。  傷のせいか、どうやら熱も出ているようだった。  いつもより熱い体で、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、解熱剤を飲む。  ふいに朝霧は、ペットボトルを床に投げつけた。大きな音がしてフローリングに水がこぼれ落ちていく。  朝霧はその場でしゃがむと、声を殺して泣いた。  もう限界だった。  朝霧は今日音羽に命令されるがまま、そのつま先に口づけ、『俺は貴方の奴隷です』と誓った。  満足そうに笑う音羽を見て、朝霧は吐き気を覚えた。  そんなやりとりは朝霧の精神をどんどん暗い方へと追いつめた。  助けて、誰か。  リョウ。  朝霧はスマホを手に取ると、震える指で夏川に電話をかけた。  連絡をとるなと言われていたが、もう耐えられなかった。  洗いざらい夏川に話して助けて欲しかった。  呼び出し音はなるが、夏川は電話に出ない。  朝霧は全てから見放された気分になった。  もう、何もかもどうでもいい。  朝霧はスマホの電源を落とすと、部屋の隅に放り投げた。  これでもう音羽から連絡はこない。  朝霧は微笑むと服も着替えず布団に入り、その中で胎児のようにまるくなって眠った。

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