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第205話

 扉を激しくノックする音で、朝霧は目を覚ました。 「うるさい」  呟いて、朝霧は両手で耳を塞いだ。 「帝、いるんだろ? 開けてくれ」  ずっと待ち望んでいた声で呼ばれ、朝霧は反射的に飛び起き上がると、玄関まで走っていた。  鍵をあけ、勢いよく扉を開く。 「帝」  夏川が息を乱しながら、朝霧をきつく抱きしめる。  その額には汗がにじんでいた。 「どうして? 」  朝霧は問いながら、涙を零した。  こうしてきつく腕の中に閉じ込められていても、朝霧は信じられない想いだった。 「帝、俺ね……」  夏川が朝霧の顔を覗きこみながら、背中を撫でる。  その瞬間、朝霧は痛みに顔を顰めた。 「帝? 」  夏川は朝霧の表情の変化を見逃さなかった。  朝霧の腕を取り、部屋の中に入る。 「背中、見せて」  朝霧は少し躊躇したが、それでもおずおずと着ていたセーターとシャツを脱ぎ、背中を向けた。 「こんな……血がでてる」  夏川は朝霧の背中を見て、絶句した。  夏川が立ちあがり踵を返したのに気付いた朝霧は、その足に縋りついた。 「どこへ行くの? 」 「消毒液とか買ってくる。すぐ戻るから」 「嫌だっ。お願いここに居て」  朝霧は必死だった。  今この手を離したら、夏川と二度と会えなくなるんじゃないか。また連絡が取れなくなるんじゃないか。  朝霧は不安に押しつぶされそうになりながら、子供のように嫌々と首を振った。  夏川はそんな朝霧の様子を見ると、痛ましそうな表情を浮かべ大きく息を吐いた。 「救急箱か何かある? 」  朝霧は少し考え、こくりと頷くと、押入れを開けた。  小さな白い箱を取り出す。  入社当初に会社の福利厚生の一環として無料で貰ったものだった。 「これ古そうだけど、使用期限とか大丈夫かな」  そう呟きながら、夏川は綿棒に消毒液を浸した。  未だ上半身裸の朝霧を座らせると、その背後に自分も屈む。 「しみるよ」  夏川がそっと傷に触れ、朝霧は痛みから歯を食いしばった。  夏川は薬を塗ると、クローゼットから清潔なシャツを取りだし、朝霧に羽織らせた。

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