231 / 241

第209話

 夏川の隣の椅子には緊張した表情の朝霧が座っている。  ビジネスホテルだが、夏川は一番良い部屋を予約した。  寝室とは別に部屋があり、座り心地の良い椅子と机の置いてある部屋で朝霧達は音羽を出迎えた。窓際には立派な花瓶にカスミソウと薔薇が飾られている。 「初めての帝君からの呼び出しだと、喜んで来たら、君まで居るとはね」  音羽が席に着き、夏川を軽く睨む。 「帝君。俺は君にこの男とは別れるように言ったはずだと思ったけど。一体どういうつもりなんだい? 」  朝霧は震える己を叱咤するように顔を上げた。  しかし音羽に叩かれた時の記憶がフラッシュバックしてしまい、うまく言葉を紡げない。  そんな朝霧の肩を夏川が抱く。 「勝手に帝に話しかけるの、止めてもらっていいですか? 今日あんたに話があるのは俺なんですから」 「君が? 」  音羽が優雅に足を組む。 「ええ。まず貴方が帝の脅しの材料に使っていた件ですけど、全て解決しましたから」  音羽の眉がピクリと動く。 「どういうことだ? 」 「つまりは全て誤解だったというわけです。彼女に乱暴をした男は確かにリョウと呼ばれていたそうですが、それは俺とは別人です」  音羽は驚かなかった。  ただ忌々しそうに、舌打ちした。 「貴方もそれくらい本当は分かっていたんじゃないですか? 女性の勘違いだとしても、帝をいいなりにできるなら、真実なんてどうでも良かったんでしょう? 」  夏川は微笑みを崩さず告げる。 「まあ、今回は勘違いだったみたいだけどね。君、大学時代相当遊んでいたようじゃないか。探れば他にも似たような話が、幾つもでてくるんじゃないのか? 」 「憶測でものを言われては困りますね。そりゃ俺も修行僧みたいに暮らしていたとは言いませんが、法に触れるような真似は一切していないと誓えますよ」  そうきっぱり言い切る夏川に、音羽はぎりぎりと奥歯を噛みしめた。  憎々し気に睨みつけ、今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。

ともだちにシェアしよう!