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第5話 二度目の告白(1)
長かった梅雨も明けて、初夏。例の一件から一週間が経とうとしている。
橘とは授業で顔を合わせていたものの、特に会話をすることはなかった。彼も冷静になって頭が冷えたのだろう。
(所詮、そんなもんだよな)
が、これでよかったのだと思うと同時に、残念に思えてならない。あんなにも真っ直ぐな言葉を向けてきたというのに――などと考えていたら、『今さら純情ぶってんなよ』という大道寺の言葉がよぎって、諒太は頭をぶんぶんと振った。
(だーっ! 消えろ大道寺!)
別に純情ぶっているつもりはないのだ。身の程はわきまえているし、恋だの愛だのはもういいと思っている。
なのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。未練を感じている自分がいて嫌になる。まるで思春期真っただ中の中高生のようだ。
せめて、また今までどおり話をしたり、家に遊びに来てくれたりしたらと願ってしまう。「もうそんなのできない」と言われたらショックではあるのだが、それはそれで受け入れるしかないだろう。教員と生徒として、あるべき関係に戻るだけなのだから。
(なんて……こういったときだけ、都合よく大人の言い訳しちゃうんだよな)
昼休みになって職員室に向かう途中。ため息交じりに歩いていたら、ふと視線が中庭へと向いた。そこに橘の姿を見つけて、思わず足を止めてしまう。
(どうして、すぐ気づいちゃうんだろう!?)
橘は自動販売機で飲み物を買おうとしているようだった。だが、小銭を入れようとしたところで、何を思ったのか不意にこちらを見上げてきた。
「!」
諒太は咄嗟にしゃがんで身を隠す。なにも隠れる必要などないのに、なぜだか体が勝手に動いてしまった。
通りがかった生徒に怪しげな目で見られ、慌てて苦笑を返す。少しだけその場にとどまってから腰を上げた。
まさか、橘がこちらに気づいているはずがない。たまたま上を見ただけだ――。
そう自分に言い聞かせながら歩き出そうとした、そのとき。
「坂上先生っ」
橘の声が聞こえて心臓が飛び跳ねた。振り返れば、彼はそのまま駆け寄ってきて、諒太の前で立ち止まった。
少し息を切らしているところを見るからに、中庭からここまでずっと走ってきたのだろう。教員らしく「廊下は走るな」などと、もっともらしいことを言おうとしたけれど、先に橘が口を開く。
「先生、今――俺のこと見てましたよね?」
「え? えっと……そ、それは」
「俺、つい嬉しくなっちゃって。しばらく避けられてるような気がしたから……距離置きたいのかな、と思って」
「なっ、避けるとかそんなはずないだろ!?」
言うと、橘は「よかった」とホッとした様子を見せた。かと思えば、
「先生、折り入ってお話したいことがあります」
距離を詰めて真剣な眼差しを向けてくる。その瞳には決意のようなものが滲んでいるようで、諒太は思わず息を呑んだ。
「とりあえず、ここじゃなんだからさ」
戸惑いながらも、促すように言って場所を移すことにする。
行き先は社会科準備室。資料や教材が保管してあるだけで、この学校においては倉庫代わりのようなものだ。今はデジタル媒体での授業も増えているし、滅多なことでは使われない部屋だけれど、だからこそ込み入った話をするには適していた。
「で、改まってなに?」
鍵を使って室内に入ると、諒太は平静を装いつつ単刀直入に問いかけた。
すると、橘は一瞬躊躇する様子を見せたものの、すぐに意を決したような表情を浮かべて口を開く。
「報告したいことがあります」
「ああ、なるべく手身近にな」
「わかりました。では――」そこで一呼吸置いて、「連日、先生でヌいてしまいました」
「ブフッ!?」
あまりにも想定外の言葉すぎて吹き出してしまう。
しかし、橘は至極真面目に続けた。
「先生のこと考えてたら、すげームラムラしちゃって。そんで試しに裸とか想像してたんですけど、萎えるどころか――」
「待て待て待てっ! とんでもないこと言ってるの気づいてる、君!?」
「つまり、俺にとって先生は性的対象っつーことです」
「えええ~……」
もっとシリアスな展開になると思っていただけに、頭がついていかない。まさか教え子の口からそのような言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
橘から告白されて何やかんやあったものの、その後は特に何もなくて。だから、もう終わったものとして割り切っていたというのに。
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