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第7話 さよならは突然に(4)
「橘には、情けないところ見せてばっかだな」
言うと、橘は首を横に振った。そして、優しく微笑みかけてくる。
「何かあったら言ってください。一人で抱え込まずに、周りのことを頼ってくださいよ――先生には俺だって、ご両親だっているでしょ?」
「橘……」
「それとも……やっぱり子供じゃ、頼りになりませんか?」
「そんなことないっ」
少し寂しげな表情で問われたので、諒太は慌てて否定した。
「橘はすごく頼りになるよ。今日だって助けられたし、本当に感謝してる。俺にとって、君の存在がどれだけ支えになっていることかっ……」
自分でも驚くくらいに言葉が溢れ出てきた。
その勢いに任せて橘の胸に身を預ける。橘は虚をつかれたようだったが、小さく相槌を打って頭を撫でてくれた。
「よかった。いつの間にか俺、そんな存在になれてたんすね」
「……こんなのいつも思ってるよ。こうして、橘が隣にいてくれるだけで安心するし」
言いながらも思うところがあって、諒太はさりげなく顔を伏せる。
美緒にとって、自分はどういった存在なのだろう。諒太にとっての橘のように、安心できる場所を提供できているのだろうか。たとえ、親になれないとしても――。
と、そのようなことを考えていたら、不意に美緒が身じろぐ気配がした。目を覚ました彼女は、こちらを見て瞳を揺らし始める。
「りょうたくん、ないちゃったの?」
「えっ、泣いてないよ!?」
不安げな表情を浮かべている美緒に、諒太は体を起こして焦った。泣いているつもりも、何もなかったのだが、美緒はおそるおそるといった様子で口を開く。
「みおのせい? みおが、わるいこだから?」
「っ、美緒は悪い子じゃありません!」
でも、と美緒が続けようとしたところで、諒太はその小さな両手を握った。そうして、真っ直ぐに目を合わせながら言葉を紡ぐ。
「俺、美緒に悪いことしちゃったな――って反省してたんだ」
「………………」
「ごめんな、美緒。ちゃんと美緒のお話聞いてやれなかったよな」
少しの間のあとに、美緒はこくんと頷く。
「……うん。さびしかった」
「そっか、寂しくさせちゃってたんだな」
「みおのことすきじゃないのかなって、おもったんだよ?」
「そんなことないよ、美緒のこと大好きだよっ……」
「ほんとう?」
「本当。すごく、すごく大好きだよ――お家に来たときから、ずうーっと大切に思ってるよ」
ぎゅうと抱きしめてやると、美緒は安堵したように首へ手を回してくれた。
隣を見れば、橘が穏やかな目でこちらを見守ってくれている。それに背中を押されるようにして、諒太は切り出した。
「あのね、美緒。俺も美緒に話したいことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「うん……」
「俺さ、美緒にはちゃんとママとパパがいる方がいいのかなって……ずっと思ってて」
これまで話さなかったことを、経緯を追って少しずつ伝えていく。
美緒は黙って耳を傾けていた。けれど、やがて身を離して呟く。
「みおは、りょうたくんがいい」
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