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第7話 さよならは突然に(5)
「………………」
当然、諒太は動揺した。自分がゲイセクシャルであることは、さすがに言わなかったものの、やはり一抹の不安が残る。
「……俺、結婚できないんだ。だから、美緒のパパにはなれないよ」
すると、美緒は潤んだ瞳で見上げてくる。そしてこう言ったのだ。
「いいの、そうじゃなくてちがうのっ。みおのママとパパは、もうかえってきてくれないの……わかってるもん」
その声は微かに震えていたが、はっきりと耳に届いた。
根本的なところで見誤っていたことを思い知らされる。美緒にとっての両親は、どこまでいっても実の両親でしかないのだ。たとえ、捨てられてしまったとしても。
「ごめんな、美緒……そんなこと言わせちゃってごめん」
胸が締めつけられる思いだった。諒太が謝ると、美緒は涙を拭って真剣な表情を見せる。
「これからも、いっしょにいてくれる?」
――そんなの、もはや考えるまでもない。諒太は力強く頷き、再び彼女の体を抱き寄せた。
「……うん。美緒が俺のこと嫌になるまで、ずっと一緒にいような」
「いやになんて、ならないよ!」
「あはは、そっかあ」
美緒に声をかける一方で、自分はなんて恵まれているのだろう、と心から思う。
たとえ社会に受け入れられずとも、支えてくれたり、必要としてくれたりする人がいる。少し前だったら考えられもしなかったけれど、橘や美緒の存在が自分の在り方を変えてくれた。
諒太はそのことに感謝しながら、今ある幸せを噛み締めるのだった――。
しばらくして、橘が早々に帰り支度を始める。彼が言うには、「水を差すのも悪いから」ということらしい。
「悪いな、橘。せっかく来てくれたのに、何のお構いもできなくて」
「いえ、また来ますから。何かあったら連絡してください」
「ああ。ありがとう」
諒太が礼を言うと、柔らかな笑みが返ってくる。
それから橘は美緒にも別れの挨拶を告げて、玄関ドアに手をかけた。そこで諒太はふと思い立ち、
「あー美緒。もうアニメが始まる時間じゃないか?」
わざとらしいだろうか、と内心思いつつ口にする。
が、唐突な言葉にも、美緒は「あっ!」と声をあげてリビングに駆けていった。
玄関に残されたのは、諒太と橘の二人。無論、橘は首を傾げている。
「せん――」
先生、とその口が動く前に、諒太は素早く距離を詰めてキスをした。
それはほんの一瞬の出来事。顔を離せば、橘は驚いた様子で固まっていた。
「……今日のお礼」
ぼそりと諒太は呟く。次第に居たたまれない気持ちになって、何も言わぬ橘を玄関先へと追いやった。
「じゃ、じゃあまたな。気をつけて帰れよ!」
などと、さっさとドアを閉めてしまう。一人になったところで、諒太はその場にしゃがみ込んだ。
(我ながら、恥ずかしいことをしてしまった!)
顔が熱くなっているのを感じる。
やってしまったものは仕方ないけれど、恥ずかしくてかなわない。橘は黙ったままだったが、どう思ったことか。
(ううっ。何やってんだろ、俺……)
なお、諒太は知らない――玄関ドアを挟み、橘が微笑を浮かべて唇をなぞっていたことを。
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