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第8話 誕生日とはじめての…(2)
◇
よく晴れ上がった秋の日。美緒のことを、誕生日パーティーをやるという友人宅に預けると、諒太はその足で駅前へと急いだ。
「橘、お待たせっ!」
すでに待ち合わせ場所には橘の姿があった。諒太が声をかければ、彼は柔らかく微笑む。
「早いっすね、まだ時間前っすよ」
「君の方こそ。悪い、待たせたか?」
「いえ、ちょっと前に来ただけなんで」言いつつ、橘の視線が落ちる。「……今日の服、いつもと雰囲気違いますね」
言われて、諒太は橘の視線に従って自分の格好を見下ろした。ダークトーンのスーツに白いタートルネックを合わせた、カジュアルなスタイル――確かに普段とは違った装いである。
「えっと、おかしくない?」
「似合ってますよ。大人の男性、って感じで好きっす」
「あ、ありがと。一応、デートだし……さ」
照れくささに言葉を濁らせる。橘はクスッと笑みをこぼした。
「そっか。今日のデート、諒太さんも楽しみにしてくれたんすね」
「……え」
不意打ちを食らって、諒太は驚きの表情のまま顔を上げる。
この際、デートを楽しみにしていた云々はもはやどうでもいい。それよりも――、
「今、なんて」
「諒太さん」
橘がイタズラっぽく目を細めて、もう一度名前を呼んでくる。
今まで「先生」と呼ばれていただけに、諒太は戸惑いを隠せなかった。だが、それと同時に、胸がドキドキと高鳴って仕方がない。
「いきなり名前呼びするとか、反則だろ」
「いつまでも先生呼びだとアレかと思って。駄目っすか?」
「……学校で呼ばないなら」
「じゃあ、諒太さん。――諒太さんも、俺のこと名前で呼んで?」
普段は大人びているくせに、時折こうして年下らしさを見せてくるからずるい。甘えているようで、我を通すような強引っぷりもあって、厄介にもほどがある。
諒太は恥ずかしさに耐えかねて、ふっと視線を逸らした。それをどう取ったのか、橘が眉根を寄せる。
「まさか、俺の名前覚えてないとか」
「違うよっ!」
即座に否定すると、諒太は慌てて口にした。
「っ、大地……これで満足?」
「はい」
本当にこういったところがずるい――してやられた気がしないでもないが、満足げな笑みを浮かべる橘を見たら、まあいいかとも思えてしまう。
こそばゆさを感じつつも、諒太は気持ちを入れ替えて問いかける。
「それで? 特にプランとか話してなかったけど、どっか行きたいとこある? つっても、どこで誰に見られてるかわかんないし、いろいろと限られてくるだろうけど……」
「なら、一ついいっすか?」
「ああ、なに?」
二人は連れ立って歩き出した。駅を出て、賑やかな繁華街を抜けていく。
目的地も何も言わない橘についていきながらも、諒太は顔が引きつるのを感じた。
気がつけば裏路地に入っており、ラブホテルばかりが立ち並んでいる――いわゆる《ラブホテル街》と呼ばれるエリアだ。
「ちょーっとタンマタンマ! ど、どこに行くつもりなのっ」
「直前まで映画なんかと悩んでたんすけど、やっぱりここは……と思って」
「こ、高校生なんだから駄目でしょ! 補導とかされたらどうすんのっ? 俺の立場的にも一発アウトなんだけど!?」
声を潜めて訴えるけれど、橘は相変わらず堂々としたもので、
「俺、いつも大学生と間違われますし」
しれっと言い放ったものだ。これには諒太も呆れてしまう。
「つーか、なに……その、ヤりたいワケ?」
「俺だって、思春期真っただ中の高校生ですよ。性欲旺盛に決まってるじゃないすか――“初めて”だって、まだだし」
「………………」
諒太だって、期待していなかったわけではない。いつそういった雰囲気になってもいいよう、買ったばかりの下着を穿いてきたくらいだ。
けれども、まだ理性が働くうちにホテルに連れていかれたら、戸惑いも生じてしまうというもの。今までの相手ならホテルに直行なんて当たり前だったけれど、橘はまだ高校生なのだから――やはり理性が邪魔してくる。
(高校生が……とか、俺が大地くらいの歳だったときは考えもしなかったのに)
なんの躊躇する素振りも見せない橘は、若さゆえなのだろう。
そんなことを思っていたら、不意に橘の手が伸びてきて腰のあたりを撫でられた。性的な意図を持った触れ方に、思わず体がゾクゾクとしてしまう。
「ちょっ、大地」
「――……」
見上げた橘の瞳には熱が込められていた。視線が吸い寄せられるとともに、その瞬間、諒太の中で何かが弾ける。
(あーもうっ、どうにでもなれ!)
腹を括ると、橘の腕を引っ張って足早に進んだ。理性は未だに残っていたが、知ったことではない。
「……ホテルくらい俺に選ばせてよ。ゲイにはゲイなりの事情があるんだから」
ぶっきらぼうに告げながら、馴染みのホテルに入っていく。そうと決まれば、もう頭の中はセックスのことでいっぱいだった。
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