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何が愛なのか

ただ俺はお前の幸せを願っているのに、お前の幸せが何か分からない  秋也が目覚めて数日経った頃、秋也の寝ている部屋に俺は忍び込むことにした。 「銀雪、何の用だ」  障子に手を掛けた途端、中から呼び掛けられる。まだ起きていたのか俺は障子を開けると、部屋に入った。影縄が怪訝そうな顔で此方を見上げ、秋也は起き上がろうとする。だがまだ痛むのかううっと苦しげに呻いた。 「あんな重傷を負っていたんだ。寝たままでいい」  秋也の傍に座る。勿論、影縄に怪しまれぬように影縄の近くにだ。 「何だ、こんな夜分遅くに……。零も既に寝ているだろう?」 「氷雨でなく俺の用だ。相談したいことがある」  秋也は少し考え込むように沈黙していたが、やがて俺の方を向き直した。 「私で良ければ、相談に乗るが。……それで、一体何だ」 「翡翠と結婚しろと言ったら、氷雨に泣かれた。だが、あいつと結婚する者など翡翠ぐらいだろう。どうすればいい」  秋也は目を大きく見開き、言葉を失ったような顔をする。 「………貴様、確か零と好い関係だったな? 何故いきなりそのような話になる。私には理解できない」  当然のような反応をされてしまった。いや待てよ。それよりも… 「待て、いつから俺達の関係を知っていた?」 「以前から何となくであったが感じていたし、ここ数日で確信した。だが零とお前がぎくしゃくしているような歪な雰囲気があったが……そのせいか」  流石、伊賀者を祖に持つ一族の末裔。最近の様子まで気づくとは。 「何故、結婚させたがる。零はまだ望んでいないのであろう?それでは零の親戚どもと同じではないか」  本当に痛い所を突いてくる。ああそうさ。俺がやっているのはそれと変わらない。むしろ、零を傷つける行為であろう。 「俺のせいで氷雨の血が途絶えるなんて嫌なんだよ……。分かっているだろ、男同士ではどんなに望んでも子は生まれないんだよ。氷雨には兄みたいな末路を辿って欲しくない……!」  今まで考えないようにしていた。だが、翡翠という氷雨に相応しいであろう女との出逢いによって、兄の末路を鮮明に思い出すようになった。 「……今日までお前の出自を探ったことなどなかったが、私達で良ければ聞こうか?」  今まで誰にも言わなかった俺の氷雨と出会う以前の記憶。楽になれるのならと、第三者である秋也達に話すことにした。   俺の家系が人里離れて神を守護する里の長の家系に生まれたこと。跡取りを遺さねばならない兄が従者に惚れて、中々嫁を娶らなかったこと。……そして里が襲われた時、兄とその従者は里の者達を守るためと時間稼ぎとなって二匹とも殺されたこと。 「兄もあの狐も……二匹とも立派な妖狐だった。なのに遺せた物は死体だけ。……いや、俺は逃げる最中に彼等が死ぬ瞬間だけ見たのだから、敵に毛皮を剥がされ肉は食われたか無惨に捨てられただろう。いずれにしても彼等の血はただ地に吸い込まれただけだ。氷雨の血が無意味に途絶えるのが嫌だ……!」  思い出すだけで、涙が出そうになる。氷雨はそんな目には遭わないだろうが、人の寿命は儚い。だからせめて、氷雨の血を引く子供を成してほしいのだ。彼が死んだ後も遺る、彼が生きた証が欲しい。 「一概にどちらの意見にも完全には賛同できないが、結局はお前の我儘だろう。零の血が途絶えるのが嫌なのではなく、お前が生きる理由が欲しいだけなのではないか?」  声音は暖かくも冷たくもない。ただ正論としか言えぬ言葉が喉元に切っ先を突き付けてくる。 「ああそうさ。生きる理由を欲してはいけないのか? 俺は氷雨がいなければただの死に損ないでしかないのだぞ! なあ影縄、お前も分かるだろ? 人でない者にとって、人の寿命がどれだけ短いかが!」  今まで俺達の話を黙って聞いていた影縄は、俺の問いにただ俯いた。心当たりとなるものがあるのだろう。一体こいつは何度人の死を見てきたのだろうか。 「いつ生まれ変わるなど分からない。俺の知っている妖狐ですら好きな男の生まれ変わりと再び添い遂げるまで、何百年も経ったという。そんな年数まで一匹で生きていくなんて俺に出来ると思うか!」  寿命が尽きるのがいつかなんて分からない。千年以上生きるものなど同族に多く存在した。だが、は氷雨以外に生きる理由を見出だせない俺は、氷雨の死後どれ程無意味な時間を過ごすだろうか。  秋也はずっと無言で俺を見ていたが、やがて溜め息を吐いた。 「……そういうことだとさ、零。君はこれを聞いてどうしたい?」  銀雪が顔を上げると、静かに障子が開かれる。そこには、泣きそうな顔をしている氷雨がいた。 「氷雨、いつの間に………?」 掠れる声しか出ぬ俺を、氷雨は抱き締めた。 「私は貴方さえ居ればいいと思っていました。ですが、私の死んだ後、取り残されるであろう貴方の気持ちを考えていなかった」  氷雨の手が震えている。ああ、俺の身勝手のせいで氷雨に罪悪感を抱かせてしまった。 「いや、俺の方こそ自分の事しか考えていなかった。だから翡翠やお前に身勝手なことを……」  先程まで感情を吐き出していたのが恥ずかしい。顔が熱くなって俯くと、頭を撫でられた。 「正直、子を成すかどうかは翡翠殿の気持ち次第です。私としてはもし銀雪以外で寄り添える相手がいたとしたら、翡翠殿だけでしょう。ただ、もし翡翠殿と夫婦めおとになれば、今まで程肌を重ねることはないでしょう。どちらか一方だけを優先するなんて不器用な私には出来ませんから」 「それも覚悟の上だ」  少なくとも祝言を挙げてから子が生まれるまでの間は肌を重ねることなどもっての他だろう。 「全く、貴方という人は……」  氷雨は震える声で呟いた。 『元々、零月様をお慕いしておりましたし、これ以上夫婦とならなければ屋敷の人達に不振がられると思っておりましたが……零月様、本当によろしいのですか?』 「はい、貴女がよろしいのなら祝言の準備をさせていただきます」  翡翠は、本当にいいのかと怪訝そうに俺を見る。俺が頷くと、翡翠の顔色が変わった。 『貴方に嫁ぐことは構いませぬ。ただし、条件があります』 「条件とは?」  翡翠は目を瞑って深く深呼吸をすると、背筋を伸ばした。 『私は追われる身。いつ何時、追っ手が来るやもしれませんし、その場合、子を育てる事が叶わなくなるでしょう。そのような時が訪れても、子が大人になるまで私の代わりに責任を持って育てていただけないでしょうか。もちろん銀雪様もですよ』 「俺もか!?………いや、お前と氷雨の子となるのだろ?責任を持って育て上げるさ」 「勿論ですとも」  氷雨が頷いて微笑むと、翡翠は瞳を潤ませた。 『でも本当によろしいのですか? 銀雪様だけを愛したかったのでしょう?』 「話し合って決めたことです。これが愛と呼ぶのか分かりませんが、貴女と過ごす時も私にとってかけがえのない物です。そして私は今まで誰かと子を成したいと思いませんでしたが、貴女とならば子を成してもいいと思うようになりました」  翡翠はぼたぼたと涙を流すと、氷雨の腕の中に飛び込んだ。 「うれ……しい…です」  念話ではない女の声。氷雨と俺が驚いている中、しゃくりあげる女の声が聞こえてきた。氷雨は翡翠を優しく見つめると、その背中を優しい手つきで摩っていた。 「ああいった愛の形で良いのでしょうか」 「いいんじゃないですか?少なくとも土御門に歯向かった私たちよりマシだと思います」 「うぐっ………」  苦虫を噛んだような顔をしている秋也を見て、晴子は子供のようにくすっと笑った。 「率直に申しますと、妻帯した身でも同性と関係を持つ方は多いですよ。私の兄もそうですし」  晴子は庭を見つめている影縄をちらりと一瞥して、微笑む。 「結局は男であれ女であれどちらかを蔑ろにせずにどちらとも大切にして、3人の:同意(・・)の上ならば別に良いんじゃないですか。ただ私としては、貴方が私以外の:女(・)に目を向けたら怒りますが」  「そんなこと私がするわけないでしょう。私が愛する女性は貴女だけですから」  晴子はにこりと笑って秋也の額に口づける。秋也は顔を真っ赤にすると動揺のあまり固まる。そんな様子の秋也を笑いながら、晴子は立ち上がった。 「影縄さん、秋也殿の世話をお願いします」 「はい、承知しました」  影縄が頷いて、後ろを振り返る。すると、主である秋也が何故か顔を覆って呻いていた。

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