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第3話 解放の条件

「俺は何をすれば……」 「お前は何もしなくてもいい。するのは俺だ。させろ、って言ってんだよ。わかる?」    そこまで言われると、いくら高田でも意味はわかる。  しかし、そんなことをしたがる神谷の意図がさっぱり分からない。  ひょっとして変な性癖があって、酷い目にでも合わされるんだろうか……  いや、その前に男にやらせろ、と言っている時点で変な性癖だ。  高田は小さく深呼吸をして自分を落ち着かせると、おずおずと神谷に聞いてみる。   「あの……聞いていいですか」 「なんだ」 「先輩、俺とやりたいんですか? 俺、男だし……信じられないんだけど。そんなことして、見返りになるんですか?」 「簡単にできることだったら、面白くないだろう? お前、男とセックスしたことあんの?」 「ありませんよ、そんなの」 「なら、バージンを俺がもらうってことだから、いいんじゃね? 見返りとしてはなかなか」    神谷はさぞ面白いことのように、ニヤニヤと笑いながら話している。  高田は思考が停止した。  いずれにしても今神谷に逆らうことはできないのだ。   「どうすんの? お前の返事次第だけど?」 「あの……それ……今日一晩だけの話ですか」    一度ぐらいなら……我慢できるだろうか、と高田は揺れている。  世の中にゲイカップルなどいくらでもいて、みんなやってることだ。  我慢すれば、300万の損失を出さずに済む、と思えば俺の身体ぐらい……と考えてしまう。   「あのさ。バージンの奴とやるの、結構つまんないんだよね。最初は痛がるばっかりで」    脅されているようなセリフに、高田は一瞬背筋がゾクリ、とする。  言葉から神谷はかなりの経験者のように思える。  神谷は高田の耳元に近づいて、人に聞こえないように小声で言った。   「お前が、尻の穴だけでちゃーんとイけたら、解放してやる。それまでは続ける。それが条件だ」 「い、イけなかったらどうなるんですか」 「だから、言ってるだろ。イけるまでやらせろ。1回目でイけたらほめてやるよ」    しれっとした顔をして、神谷はビールを飲んでいる。   「高田、まだ飲む?」 「いえ、俺は……」 「ならもう店出るか?」    ビールを飲み終えてしまった神谷は、高田の返事を待っている。  決断できないままに、高田は伝票を手に取った。   「俺が払います。迷惑かけましたから」 「俺、別に飯おごって欲しいわけじゃないんだけどな。ま、甘えとくよ」    こんな安い勘定を持ったところで、見返りの足しにもならないだろう、とは思うが高田は会計を支払う。  店の前で、神谷はまるでもう一軒行くか?とでも誘うような軽い調子で聞いた。   「どうする? 嫌なら帰ってもいいんだぜ」 「俺に拒否権ないのわかってるくせに、そんなこと言うんですか」 「なら、ラブホでいいか?」    神谷は通りに出て、タクシーを止めた。   「あの、泊まるんですか? 明日仕事なのに」    ネクタイの替えぐらいは会社に置いてあるが、さすがに下着の替えなどはない。  神谷はちら、と腕時計に目をやると、運転手に聞こえないようにまた小声で話す。   「2時間でイけたら、終電で帰れるぜ。お前次第だろ」 「2時間で、ですか……」    高田は過去の自分のセックスを思い出して、2時間もやり続けたことなど1度もない、と気づいた。  いくら神谷がタフだったとしても、それ以上ヤり続けるのは無理だろう。  そう具体的な時間を思えば、2時間我慢するぐらいできるだろう、と思える。  女の子とラブホに入った時などは、2時間なんてあっという間だったはずだ。  少しの我慢だ、と高田が自分に言い聞かせている間に、神谷は一番近いホテル街でタクシーを止めた。 「部屋、どれがいい?」    まるで恋人と部屋選びをするように、楽しげに神谷が聞いてくる。  平日なので、ラブホの入り口のパネルに表示された部屋はいくつも空いている。   「そんなの……俺はどれでも」 「なら、このSMルームでもいいんだな」    ぎょっとして神谷が指さした部屋を見ると、黒づくめの部屋になにやらワケのわからない輪っかがぶらさがっていたり、木馬のような道具が設置されている。   「い、嫌ですっ、そ、それは」 「なら、お前が選べよ」    神谷はニヤニヤしながら、腕組みをしている。  できるだけ、やる気がなくなるようなメルヘンな部屋が良いのではないか、と一瞬高田は悩む。  しかし動物のキャラで統一されたピンク一色の部屋を見ただけで、自分までげんなりとした気分になりそうだ。  ぬいぐるみの横で犯される自分を想像するだけで、情けなさに拍車がかかる。  ここは神谷の機嫌を損ねないほうが良いだろう、とアジアのリゾート風の部屋を選ぶ。   「行くぞ」    神谷が先に立って歩き出したので、高田は後ろからついていく。  まるで死刑台に向かって歩くように、歩調は遅くなる。  部屋の中に入ると、神谷はいきなりぐい、と高田の腰を抱き寄せると、顔を近づけた。   「ここまで来たんだから、腹くくれよ」 「わかってます」 「キスとか、して欲しかったらしてやるぞ?」    鼻がぶつかりそうな距離まで顔が近づいて、高田は思わず反射的に顔をそむけてしまった。   「そ、そういうのは……いいです」 「あ、そ。ならいきなりセックスね。シャワー浴びたら?ココ、使うんだし」    神谷はニヤリと笑みを浮かべて身体を離すと、ポンポン、と高田の尻を叩いた。

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