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第12話 約束だから
このタイミングでイくとは予想外だった、と神谷は深いため息をつく。
めざめて高田がいないのに気づき、帰ったのかと不安になり、戻ってきところをいきなり衝動的に抱いてしまった。
だけど……これでいいよな。
まさか2度目でイくとは思ってなかったが、長引かせるつもりは元からなかった。
後ろでイけるまで、などという無茶な注文は言い訳で、2、3度抱いたら解放してやるつもりだった。
1度だけ、というのはもったいないので、そんな風に条件をつけていただけなのだ。
ちょっと仕事の上で助けてやったからとつけこんで、そうそういつまでも高田を傷つけ続けることなどできない。
高田は素直だから、こんなことを続けていればそのうち俺に情を移すだろう。
安らかに落ちている高田の顔をじっと見つめ、汗ではりついた髪をなでつけてやる。
こんなことを続けていたら、情を移してしまうのは多分、俺のほうだ。
俺と違って、お前はノーマルだからな。
こんなことは異常なんだ、と思っている内に解放してやらないと。
お前は、運が悪かったんだ。
仕事のミスを俺なんかに話すから、つけこまれただけなんだよ。
あれ、と高田が目をさますと、神谷はすでに服を着てベッドの端に座っていた。
「お前もシャワー浴びてこいよ」
「あ、はい。俺、だいぶ寝てました?」
高田は不思議そうにきょろきょろと室内を見回す。
「もう10時だからな。そろそろ帰る支度した方がいい」
「そうですね、あ、俺なんか腹減ってるなあ。先輩も減ってるでしょ?」
高田は無邪気な笑顔を浮かべると、のろのろと起き上がった。
「立てるか?」
「ん、と、大丈夫です」
高田はすくっと立ち上がって、ほら、と体操選手の着地のようなポーズをして見せる。
高田がシャワーを浴びている間に、コーヒーを入れて、もらったケーキの箱を出す。
「俺ひとりでこんなにケーキ食えるかよ」
苦笑しながら、神谷は皿やフォークを出してリビングに運ぶ。
せめてコーヒーぐらい飲んでから帰らせようと思ったのは、ヤり終わった気分のまま帰らせるのはあんまりだという罪悪感だ。
「あ、そのケーキ、評判なんですよ。俺んちの近所のケーキ屋なんですけど」
すっきりとした顔で出てきた高田の様子に、これで解放されると喜んでいるだろうか、と神谷は思う。
何事もなかったような顔をして、仕事の世間話をしてケーキを食べて。
恋人同士じゃないんだから、情事の後に甘い会話などない。
もう、次の約束もない。
当たり障りのない会話だけを交わして、お互いの心中を探り合うような時間は長くは続かない。
「じゃ、俺、帰ります」
玄関でもう一度振り返った高田に、神谷はきっちりと契約終了を告げておく。
「約束だから、お前は解放してやる」
高田の澄んだ目が、ぐらり、と揺れる。
「先輩……もし……もし俺がそれを望まなかったら?」
予想外の高田の言葉に、神谷は一瞬言葉をつまらせたが、ここで情に流されるわけにはいかない、と冷静さを保つ。
「望んでも望まなくても同じだ。これは単なる代償だ。もうこれ以上支払う必要はない」
「そうですよね……変なこと言ってすみません。でも、あの、俺、後悔とかしてませんから」
「バカ野郎。後悔ってのは、自分から望んでしたことでするもんだ」
一瞬泣くのか、と思うような表情を浮かべた高田は、次の瞬間には痛々しい笑顔を浮かべて、ありがとうございました、と頭を下げて帰って行った。
苦くてどうしようもない感情が、神谷を苦しめる。
ありがとう、ってあいつは本当にバカか。
仕事のミスにつけこんで身体を要求した相手に、礼を言うやつがあるか。
頭を抱えて、神谷はソファーに座り込む。
こんな風に傷つけるつもりじゃなかったんだ。
身体の傷ぐらいなら、高田もあれは代償だったのだ、と納得できるだろうと考えた。
酷い抱き方をするのでなければ、遊びのセックスぐらいで片づくだろうと思った。
心を傷つけるつもりではなかったのだ。
ずっと前から、神谷は会社で隣に座っている高田のことを性的な意味で意識していた。
だからわざと必要以上に親しくしないようにもしていた。
仕事で頼られる、というチャンスがたまたまあったから。
一度でいいから抱いてみたい、という気持ちを押さえられなかったのだ。
嫌われたら、嫌われたでいいと思っていた。
ヤって嫌われたら、諦めもつくだろうと思っていたのだ。
もし、ミスの見返りなどではなく、これからも関係を続けていきたい、と言えば、高田は多分流されるだろう。
だけどそれはミスをしたという高田の負い目がそうさせるのだ。
卑怯な始まり方をした関係は、続けても破綻は目に見えている。
あいつは俺を心から信頼することなどできないだろう。
でも、もし、高田の方から好きだと言われたら……
傷つけたことを謝って、新しい関係を作ることは可能なんだろうか。
いや……そんなことはあり得ないだろうな。
あれだけ冷たく帰らせたのだから。
バカなことをしたよな、俺も。
最初はちょっとした出来心だったんだけど……
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