13 / 22

第13話 トラブル

 高田は帰りの道すがら、そこいら中のものを蹴飛ばしてはぶつぶつと悪態をついていた。    ちきしょう。  俺が28才男子じゃなければ、道に転がって手足をばたばたさせて泣きわめきたい気分だ。    どうしてくれるんだよ、先輩……  卑怯じゃないか。  なんで優しくなんかしたんだよ。  代償なら代償らしく、酷くヤり捨ててくれてたら、好きになんてならなかったのに。    俺、先輩の考えてること、全然わかんねぇよ。  俺の身体が好きなら、それでもいいって思ったのに。  俺はゲイじゃないけど、先輩ならいいって思ったのに。    明日から俺、どうしたらいいんだよ。  朝から晩まで隣にいる先輩見るたびに、指くわえて抱かれた思い出抱きしめてろって言うのか。    これが仕事のミスの代償だなんて、情けなさすぎる。  駅のベンチに座り込んで、高田は携帯を取り出した。    『先輩が、好きです』    そうメールしたら、迎えにきてくれないかな。  そんなドラマみたいなことあるわけないか。  バカなこと言うな、って怒られるだけだろうな。  ああ……俺、もう、ノーマルな恋愛なんてできないかも。    なんで俺、イっちゃったんだろ。  イけなかったら、ずっと続いたのかな……  もう少し先輩と続いてたら、何かが変わってたかな……    『お前、俺のこと好きなのか?』と呆れたような顔で言った神谷の顔が目に浮かぶ。  あの時はまだ自分でも気づいてなかったけど、好きだって言っちゃえば良かった。  ホテルに行った時も、キスしてやるぞ、って言ってくれたのに、俺、顔そむけて断っちゃったもんな……  先輩、嫌がられると萎える人だから、結局最後までキスしてもらえなかった。    して欲しかったな……キス。  セックスだけの思い出なんて寂しすぎる。  じわ、と目頭が熱くなるのをこらえて、高田はやっと深夜の電車に乗った。    翌週出勤して、高田はぎこちなく朝の挨拶だけはしたけれど、それきり目を合わせることも言葉を交わすこともなく仕事をしていた。  表面上は何一つ変わりない、いつもの職場の風景。  時々ちらっと神谷の顔を伺うと、難しい顔をして忙しそうに仕事をしている。   『人の顔見てないで、仕事しろ』    そう神谷が言う声が聞こえるような気がして、高田は仕事に集中しようと雑念を振り払った。  職場恋愛なんてするもんじゃないよな、と高田はつくづく思う。  失恋したって、逃げ出すことすらできやしない。  抱かれて捨てられた相手が、席が隣だなんて、拷問だ。   「神谷くん、ちょっと」    神谷が課長に呼ばれて、別室に連れていかれた。  その小部屋に後から部長も入っていった。  なんだろう?と高田は首をかしげる。  余程のことがないと、部長からじきじきに話なんてないんだけどなあ。  課長はなんとなく切羽詰まった顔をしていたような気がする。    なんかトラブルかな……  あの課長は気が小さいから、トラブル起きるとすぐうろたえるからな。  たいしたことじゃないといいけど。    小一時間ほどして席に戻ってきた神谷は、苦虫を噛みつぶしたような顔をして、しばらくじっと考え事をしていたが、突然ちっと舌打ちしてボールペンをパソコンの画面に投げつけた。  冷静な神谷がモノにやつ当たりするのはめずらしい。  思わず高田は声をかけてしまう。   「先輩、何かあったんですか」    神谷はしばらく無言だったが、やがて高田の顔を見ることもなく独り言のようにつぶやいた。   「ミスったのは俺じゃねぇってのによ。押しつけやがって」  ギロ、っと神谷が課長席をにらみつけたので、高田はそれだけで状況を察した。  おそらく課長がらみで何かトラブルがあって、その責任を神谷が押しつけられたのだろう。  あの課長が部下に責任を押しつけて逃げ出すのは今に始まったことじゃない。   「高田、悪いがちょっと頼みたいことがある」 「なんでしょう」 「俺、明日からネシアに出張行ってくるけど、急に決まったから事務処理山積みなんだよ」 「俺に手伝えることありますか?」 「今週船積みの分の書類、今日の夕方までに送らないと間に合わないから、代わりにやっといてくれないか」 「わかりました」 「梱包書はできてるから、そっからインボイスあげといて。FOBだから、保険かけて」    神谷はてきぱきと指示を出しながら、必要書類を高田の机に広げていく。  仕事モードになってしまえば、私情など忘れてしまう。  高田はできるだけ、神谷の力になりたいと思った。   「他に俺にできることはありますか?」    神谷はちょっと考え込んでから、妙なことを聞いてきた。   「高田の台湾向けの中に、西岡産業の連続式フライヤーなかったか」 「ありますよ。来週10台ほど積みますけど」 「来週か……」 「それが何か?」 「……いや、いい。さっきの書類だけ頼む」    神谷は午前中バタバタと仕事をしていたが、午後からは外出してしまった。  外出する前に、ぽん、と高田の肩を叩いて、頼むな、と苦笑いした表情が、高田にはとても苦しそうに見えた。  

ともだちにシェアしよう!