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第15話 形勢逆転?

 金曜日の夕方、神谷は出張から直接会社に戻ってきた。  走り回っていたのか、日に焼けた肌で少し印象が変わったような気がする。  神谷は社に戻って席につく前に、高田の肩をぽん、とたたいた。   「世話かけたな」 「いえ、仕事ですから」    神谷は、免税店の小さな包みをかばんから出して高田の机の上に置いた。   「これ、やるよ」 「おみやげですか?」 「時間なかったから、帰りの免税で買ったんだけど。俺が頼んだ仕事の手間賃」 「じゃ、遠慮なく」    机の下で中身をこっそり確認してみると、神谷がつけているフレグランスの女性用だ。   「それ、メンズじゃないけど、お前には合うと思ったからさ。ユニセックスな香りだし」    自分が普段使っているブランドのものを買ってきてくれた神谷に、高田は胸がきゅんと熱くなる。  高田はいつも隣の席から漂ってくる、神谷のフレグランスの匂いが好きだった。    ああ、それから、と神谷は声のトーンを少し落とした。   「アッチの話は、仕事終わってから」    高田が条件がある、と言ったのがどういう意味なのか、ちゃんと神谷は察していた。    1度は切れたようで、まだ繋がっている神谷との関係。  どんな風に交渉したら、先輩を手に入れられるんだろう、とそれから1日高田は思いをめぐらせていた。    夕方神谷が忙しく残業をしているので、高田はどうでもいい仕事をしながら、神谷を待っていた。  待っていろと言われたわけではないが、皆が帰ってしまえば神谷と話が出来るかもしれないと思ったからだ。  週末なので皆早々に仕事を片付けて帰宅し、最後は高田と神谷だけになった。   「あと、30分ぐらいで終わるから」    静かになったオフィスで、PCに目を向けたまま、神谷の方から口を開く。  高田が待っている、ということには気づいているのだ。   「居酒屋でも行くか?」    会社でするような話でもないので、高田は賛成する。  それに酒でも飲まないと、勇気が出そうにない。  まるで告白をしようとしている女子高生のように、心臓がドキドキしてくる。    神谷が仕事を終えるのを待って、あの日と同じように居酒屋の奥の席で2人は向かい合った。   「ネシアの件、うまく片づいたんですか」 「ああ、まあな。インドネシア人ってのは、顔見て話せば案外温厚なんだ」 「そうですか。なら良かった」 「心配かけたみたいだな」 「いえ、俺だって前に迷惑かけましたから」 「形勢逆転だな」    神谷はニヤっと笑って、ビールを一気にあおる。   「んで? 俺を助けた代わりに条件あんだろ」 「先輩……なんでも聞いてくれるって言いましたよね」 「俺にできることならな」 「できますよ。やってたんですから」 「単刀直入に言えよ」    神谷は挑戦的な笑みを浮かべている。  とても形勢が逆転したなどと高田には思えないのだけれど。   「俺と先輩が仕事以外でやってたことなんて、ひとつしかないじゃないですか」 「お前、俺とヤりたいの?」    神谷は面白そうに笑っている。  ヤりたい、っていうのとはちょっと違うんだけどな、と高田はうつむいてしまう。   「なるほど。俺がお前をあんな目に合わせたから、同じことして復讐、というわけだ」 「ちがっ……」 「違わないだろ? これは取引なんだから遠慮することないんだぜ。俺が条件飲むっつったんだから」    なんだか、どんどん話がずれていく。  俺は先輩に復讐したいなんて、これっぽっちも思ってないのに。   「ヤらせてやるよ。お前の好きにしたらいい」 「ヤらせてって……」 「ま、お前だったら別にいいぜ。突っ込ませてやっても」 「お、俺がっ?」 「違うのか? まさかお前、俺を助けた代償にまた突っ込まれてめちゃくちゃにされたいとでも?」    あああ、なんでこんなおかしな展開に、と高田は言葉を失う。  でも、そう言われてしまうと、また突っ込んでめちゃくちゃにして下さい、とはさすがに言えない。   「俺、別に復讐とかじゃないですから」 「んじゃ、単に男とセックスするのに興味わいちゃったんだ」 「先輩が俺に教えたんじゃないですか!」 「そうだよな。ま、それについては悪かったと思ってるよ。お前はやり返す権利がある」 「やり返すだなんて、俺、そんなつもりじゃ……」 「なら、何。お前がわざわざ俺を助けて恩着せてまで俺にやらせたかったことってなんだよ。言ってみろ!」    強い口調で神谷ににらまれて、高田は泣きたくなった。  失敗したかな、と思う。  交換条件なんかにせず、ちゃんと告白すれば良かった、と後悔しても後のまつりだ。    でも、失敗だったとしても、こうなったらこのまま先輩を手に入れるまでだ。  少なくとも、先輩はなんでも聞いてくれると言ったんだから。   「今から先輩は俺のものです。俺の好きにさせて下さい」    神谷はにらんでいた顔をふっと緩めると、ビールをごくり、と飲み干した。   「最初からそう言やあいいじゃん。俺、それでいいって言ってんだから。んで? その条件は今日だけ?」    今日だけで終わってしまっては意味がない。  この関係を簡単に終わらせずに持続させる手段は……    しかし、先輩もうまい条件考えたものだよな、と今更のように高田は苦笑する。  あっけなく俺がイったのは、アクシデントだったけど。   「今日だけじゃないです。先輩にも後ろでイってもらいます。だからそれまで」    高田は精一杯挑戦的な言い方をしてみた。  神谷をあおるには、それが効果的だと、なんとなくわかってきたからだ。   「へえ、面白いじゃん」    神谷はニヤニヤしている。  俺にそんなことができるんだろうか……と高田は不安になるが、約束は約束だ。    俺が下手くそで先輩がイけなくても、約束は続くだけだ。  好都合じゃないか。   「出ようぜ。今日は俺が払う」    神谷が伝票を持って席を立った。  妙な展開だが、高田はそれでも神谷との関係が続く方に賭けよう、と思った。  

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