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第六話*

「……ここは、発情期じゃないと濡れない」  一糸まとわぬ姿のルシアがベッドの中心に横たわる。  恥じることなど何もない。  そう何度も言い聞かせているのに、ルシアは湧き出る羞恥に妙な汗をかいていた。それでもおずおずと足を開き、秘められた箇所を晒したのは、今後の自分のためだ。  ゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえ、顔を上げる。  レオンが再度、鼻のあたりを押さえていた。  まさかと一瞬身構えたが、彼の視線は晒されたルシアのそこに釘付けで、血も出ている様子はない。  普段のルシアなら文句の一つ、言えただろう。だが今は残念ながらそういった余裕はなく、思うように口が回らない状況だ。  それでも無知なレオンに教えるために、己が率先して誘導しなければとルシアは続ける。 「発情期でも身体が、その……堅いままだと……、ここに、弛緩呪文の類いをかけるらしい。あとは、潤滑油を用意したり」  呪文集に書いてある魔法は、あらゆる場合を想定している。  さすがに専門呪文集だけあってその種類は豊富だ。  ある程度の魔法を既に習得しているルシアでも、知らないものがいくつかあった。  レオンはそのどれも知らなかったのだろうが、昨日と今日である程度の呪文は予習したようだ。  再度呪文集を確認する間もなく、レオンが小さく頷くのが見て取れる。  ゆっくり近付いたレオンは、もう鼻を押さえていない。  ルシアの秘められた箇所を目にし、アルファである自覚が湧いたのかもしれない。 「お前も、脱いだらどうだ」  恥ずかしさが増す自分とは逆に、冷静さを取り戻していくようなレオンが癪に障り、ルシアは不満を漏らした。  こちらは一糸まとわぬ姿であるのに、彼は未だにローブすら脱いでいない。  恨みがましい目で言うと、レオンは素直にローブを脱ぎ、制服に手をかけた。  ジャケットを脱いだまでは良かったが、ブラウスのボタンを外しにかかった時にじっと見つめていたルシアと目が合うと、頬を赤らめ視線を逸らされる。  少しはこちらの気持ちを理解したかと口角を上げるが、ブラウスを脱いだレオンの上半身を目にするとその考えは真逆に変わった。  無駄のない肉に覆われた、均等についた筋肉。  剣術は得意じゃないためか厚さこそないものの、彼の身体は成熟した男性のそれだ。  少し骨張ってはいるが、引き締まり、張りのある男らしい、アルファだった。  ──たしかに、全然ちがう。  生っ白い自身の身体と比べても、その違いは一目瞭然だ。  華奢なルシアがどうあっても勝てないような、そんな違いを見せつけられるような差だった。  しかし、レオンは上を脱いだだけで手を止めた。 「……おい」  不服そうに呟きレオンを見遣ると、彼は耳まで真っ赤にしたまま、首を横に振る。 「む、むり、はずかしい」 「……生娘かお前は」  全裸のオメガを前にしてよくもまあそんな事が言えると呆れたが、当人はそんなことはどうでもいいようだ。  そんなレオンの態度が可笑しくて、ルシアは小さく吹き出した。  こちらは他人に一度も見せたことない部分をさらけ出している状況なのに、そのルシアより馬鹿みたいに緊張し慌てふためくレオンは、確かに他人を気遣える器用なタイプではない。  だが、レオンが自分自身に必死であればあるほど、ルシアの気もどこか楽になる。 「呪文を」 「……うん」  すっかり余裕を取り戻したルシアが促すと、そっと、レオンの掌がルシアの下腹部を覆う。  耳慣れない古代語は、弛緩呪文を唱えている。  次の瞬間、ふわ、と全身が温かくなり、なんだか幸せな気分が漂った。不安だったこの先の行為も、魔法の成功により、もう大丈夫だという安心感が湧いてくる。  それはルシアの身体の緊張をほぐし、レオンの自信にも繋がったようだ。  弛緩したルシアの脚の間に、レオンが身を寄せる。  その指が、恐る恐る窄みに触れた。  ルシアは小さく息をつき、目を閉じた。  弛緩呪文、再生呪文、水を潤滑油に替える変化呪文──その他、必要そうなすべての呪文を何度か練習し、無事すべて習得したレオンは、やはりアルファなのだろう。  茫然と天井を眺めながら、ルシアは肩で息をしていた。  先ほどまで発情期ではない場合の男同士のやり方、を呪文集から知ったレオンは、ルシアの後孔に指を入れ、丁寧にほぐし快楽を与えることに成功している。  あくまでも本番のための練習だが、レオンは驚くほど積極的に、ルシアに触れた。 「あ、おま、もう……そこ、やめ……っ」  指を挿入されるのも、もう片方の手で胸や腹を撫でられるのも享受してきたルシアだが、その指がやたらと敏感な部分ばかり擦ってくるとそうも言っていられなくなる。  上擦った声が出てしまうのが恥ずかしく、連動するように熱を帯びる肉芯も徐々に濡れていくのがわかり、途轍もなくいたたまれない。  だが、レオンは一度も手を休める事なく、 「ここ……沢山ほぐさないと……痛いって書いてある」  と執拗に内部を濡らし、ルシアが制止の声を上げるとじっと反応を見下ろして、「……でも、痛くないでしょ?」なんて呟き、指を止めずに続行した。 「あ、ま、て……ぅ、ンン!」  得体の知れぬ快楽に逃れるように、ルシアが背を反らしてもレオンの指は離れない。  発情期で一人慰める快楽とは全く異なる、強すぎる刺激にルシアは全身を火照らせ喘いだ。 「すごい……ルシアのここ、擦ると……きゅって……なる」  独り言のように囁くレオンが、二本の指をルシアの内部に挿入しながら、もう片方の手で勃ち上がったルシアの中心にそっと触れる。  桃色の先端は、既に悦楽の糸を垂らし、薄い腹を透明な液で濡らしていた。 「ぁ……っ!」  レオンの指の腹が、先端を優しくなでた。ルシアの腰は逃れるように揺れるが、そのまま包み込むように握られ、上下に擦られると、半開きの口から声が漏れ出た。  内部の指は先ほどから敏感に反応する箇所をやさしく揉むように押され、にゅくにゅくと小さく突かれると腰が重くなるような悦楽に襲われる。  ルシアは頭を左右に揺らした。   「ぁ、あ、ああっ!」  二箇所を責められたルシアは、数分もしないうちに一際高い嬌声を上げ、全身を震わせる。膨れ上がった先端から勢いよく白濁が飛び出し、腹を濡らす。  きつく目を閉じ絶頂に酔いしれていると、痛いくらいのレオンの視線を感じた。  極める時に思わず内部の指を絞り上げるようにした自覚があったルシアは、見られている事に全身が赤くなる感覚に陥った。  こんなに無防備で柔らかいところをレオンに躊躇なく触らせ、その上翻弄されている。ともすれば狂ってしまいそうな箇所のすべてを委ねて。  発情期に入るとオメガはもちろん、アルファもフェロモンで理性が薄くなると言う。  現時点で既に脳が焼き切れそうな状態なのに、これ以上があると思うと恐ろしい。 「……レオン」  息を整えたルシアは足を伸ばし爪先で、くい、とレオンの股間に触れた。  固まっていたレオンはそれに、びくりと身体を震わせて我に返ったようだ。  ズボンを押し上げて主張しているレオンのそこは傍目にも分かるほどで、触れてしまえば誤魔化しようがない。  戸惑うような目のレオンを見上げ、潤んだ瞳で訴える。 「……できるか、やってみよう」  最後まで。 「……訳も分からなくなって、覚えていられないのは、勿体ない」  ルシアが身を起こそうとすると、レオンは挿入したままの指をそっと引き抜いた。  声を押し殺して刺激を逃し、なんでもないようにそのまま這うような姿になり、茫然としているレオンのズボンに手をかける。 「……!」  抵抗する隙を与えず、ルシアはズボンを開いた。  間髪入れずに下着もろとも脱がすと、初めて自分以外の勃ちあがったものを目にする。  興奮に上向いたその熱は驚くほど膨張し、反り返りながら息衝いていた。  凶暴とも思える見た目だが、不思議と嫌悪感はない。ルシアはその欲望に指でそっと触れ、緩く包みこんだ。 「ルシアっ」 「……凄いな、こんなに」  その先はなんと言ったのか自分でも分からない。  熱を促すように上下に擦ると、逃れるようにレオンが腰を引く。  鋭利な快感に怯えたようだが、中途半端に脱がされたズボンが邪魔をし、うまく逃げられないのだろう。  膝立ちのまま、結局レオンはルシアの熱心な視線を浴びながら反り返った欲望を愛撫されている。  見上げると羞恥で沸騰したように顔を真っ赤にさせていた。  なんだか楽しくなり、ルシアは口元を緩めた。  筒状にした指でゆっくりと上下に、段々と早く、小刻みに手を動かす。 「舐めていいか」  びくびくと腰が揺れるレオンに声をかけると、荒い吐息が降りてきた。  限界が近いのだろう。  答えを待たず、ルシアは舌を差し出した。ここを舐め取ったら、きっと彼は震えながら強烈な快楽に屈するに違いない。  そう想像すると、堪らなかった。 「え、ま、まっ」 「……ン」  舌先に触れた熱を包み込むように口内へと招き入れた時、一瞬それが膨らんだような感覚がした。確かめようと舌を動かすと、レオンの腰が痙攣する。  熱い飛沫が口内に弾ける。  喉奥に当たるその感触に驚いたルシアより早く、レオンが慌てて腰を退いて出て行った。  だが絶頂の証しは途切れることなく、ルシアの唇と頬を濡らした。 「……っ」  ハアハアと息を荒らげながら、レオンが茫然としている。  訳も分からず気持ちよくて、そして訳も分からず極めてしまったと言わんばかりの表情だ。 「は……っ、ルシア、ごめん」  やっとのことで呟いたレオンに構わず、ルシアは汚された箇所を指で拭っていた。  意気消沈したようなレオンの声に、笑みがこぼれる。 「気にするな。男なら、当然のことだ。しかし……不味いもんだな」  ぺろ、と舌先で唇を拭うとレオンが先ほどの感触を思い出したのか目を逸らした。  恥ずかしいのか照れているのか。どちらにしても悪い気はしない。  口内に出されたレオンの体液の味は、率直に言えばいい物ではない。  だがこうして相手の弱点を可愛がることは思いの外楽しかった。  それに、彼だって悪くはないと思っただろう。現にレオンの熱はまだ鎮まらず、芯を保っている。  ルシアはその熱を改めて見つめ、素朴な疑問を口にした。 「これ、僕の中に入るか」 「……もう少しだけ拡げたら、たぶん平気」  あけすけな物言いに、今度はルシアが頬を染める。  レオンが自身の服を剥ぎ取り、ルシアを押し倒した。  突然雄のような顔つきになったレオンに気圧されるように脚を開く。  レオンの指がルシアの窄みに触れる。  そこは先ほどの愛撫でまだ柔らかく、魔法効果も相俟ってか濡れている。それでもレオンは慎重に指を潜らせ、習得したばかりの呪文を唱えて潤滑油を塗り込んだようだ。  ルシアの蕾は桃色に膨らみ、健気にレオンの指を食んでいるが、二本目の指を挿れてもまだ余裕はない。 「ぅ、ぁ、ぁ」 「ルシア、まだ、出さないで」 「ひ、ぁ、だっ、そ、こ、だめ……っ」  はしたない水音が下腹部から絶えず聞こえ、ルシアの耳奥をも犯す。  レオンの長い指は押し広げるように開いては腹側の膨らんだ部分を優しく触れ、そうしながらも奥と手前を行き来して、ルシアが敏感に反応する箇所を的確に押さえた。  どうにもそこを擦られてしまうと頭が真っ白になる。我慢しようにも襲い来る快楽は鋭いほどで、腰が勝手に浮いてしまう。  それでも吐き出すまいと目を強く瞑り堪えていると、ようやくレオンの指がゆっくりと抜かれた。 「挿入(いれ)ていい?」  熱を孕んだ低い声に、ルシアはびくりと反応する。  見上げればレオンがルシアの両足を抱え上げ、縋るような瞳でこちらを見ていた。 「──ああ」  発情期なら、こうも言っていられないだろう。  広げられた内股を掴むレオンの手の力強さも、その興奮したように潤んだ碧色の瞳も、ルシアの痴態を見つめながら確実に追い上げたその指だって。  発情期だったら、たぶん断片的にしか覚えていなくて、こんな風に考える暇もないはずだ。  そう、どこか冷静にレオンを見上げながら、ルシアは少しずつ挿入ってくる圧倒的な灼熱に息を詰めた。 「──っ!」 「っ……痛い?」 「──っ、たくない……っ」  慎重にそこをかき分ける剛直は、驚くほど熱くて硬い。  それなのにルシアはその質量が内部を抉る度、背筋を走る気持ちよさにひくりと身体を震わせてしまう。  苦しい。  痛い。  なのに、気持ちいい──。 「ぅっ、あ……あっ、あ」 「……ルシ、ア」  ゆっくりとかき分け挿入れられたそこが焼き切れたように熱くなる。  呼吸をする度に内部のレオンを感じてしまい、太くて硬い熱を無意識に締め付けてしまう。  ここからぜんぶ、溶けてしまいそう。  荒い息をつき、そんなことを思ったのはルシアだけではないはずだ。  痺れるような甘い快楽に、唇を噛み悶えながら、二人はしばらくその衝撃を甘受した。 「ぁ、も……動け」 「っ、ルシア」  吐息ばかりが聞こえるその緩やかな律動に、ルシアもレオンも乱れた。  繋がった箇所が熱い。内壁を抉るその感触が気持ちいい。  突かれると声が勝手に出て、その甘い衝撃が二人の熱を巻き込んでいく。 「──っ」  その吐精は唐突だったが、ルシアは何も言わなかった。  自分の上で絶頂するレオンを見ていたら、堪らない興奮を覚えたからだ。  それは確実にルシアの快感にも繋がって、連鎖するように強い絶頂感に襲われる。 「あぁ……っ」  切なげに声を漏らし、腰を震わせ白濁を放ったルシアを、頭上のレオンがまたも凝視している。  それからは夢中だった。  レオンは再度腰を揺らし、先ほどよりも早くルシアの中を穿ち、ただひたすら快楽を追う。  むずかるようにルシアが首を横に振っても、逃れる腰を引き寄せ、最奥を目指して密着してきた。 「あ、あ、あ、レオン、も、う……っ」 「……ルシア、俺も」  びくびくと戦慄くその白い身体を押さえつけ、レオンは再度そこを体液で溢れさせる。  内部に感じる生温かい感触につられ、声もなく極めたルシアは、しばらく恍惚とした。  腰を掴むレオンの指は温かく、先ほどまで乱暴なくらい力を込められていたはずなのに、なぜか頼もしささえ感じる。  ルシアはレオンの指をそっと握った。  今あるのは、感じたことのない充足感と、幸福感だ。  ルシアの指を握り返したレオンは、ゆっくりと身を退くと、隣に倒れ込んでくる。  そうして二人は初めての体験を、手を繋ぎながら陶然と受け止めていた。

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