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第十話*
◇
レオンの宣言通り、その日の夜中からルシアの発情期が来た。
やはりアルファの鼻は、オメガのそれより正確なのかもしれない。
症状が重くなる前に父へ発情期が来たこと、朝になったらレオンが来ることを紙に記し、浮遊魔法で階下のテーブルへ送っておく。
その後は眠れぬ夜を過ごしたが、朝には父がやってきて少し会話をした。
「レオン君が、来てくれるんだね」
「うん」
「……父さんは仕事でいないけど、平気かい」
「……平気だ」
「ジュリエットにも伝えておくから、心配しないで」
「わかった」
継母であるジュリエットも父より遅い時間だが仕事に出る。
恐らく彼女がレオンを迎えるだろう。
他にも何か言いたげだった父だが、結局それきりシーツにくるまるルシアの髪を撫で、額に口づけを落とし、去って行った。
きっと父も、つがいを持つ前はこんな衝動を何度も迎えていた。だからこそルシアがレオンを迎え入れる事に何も言わずにいるのだ。
そんな愛情を受けながら、ルシアは一人きりになった部屋で熱い吐息をついた。
疼いて火照る身体を持て余しながら、ひたすら待つ。
どれくらい経っただろうか。部屋の扉がノックされ、ルシアは飛びつくように魔法石を解除し、ドアノブを引いた。
「大丈夫、ルシア」
レオンは白いシャツに黒いズボンというシンプルな出で立ちだった。
手には何かを持っていたが、ルシアが近付くと驚いたように目を見開き鼻を押さえ、後退した。
どさ、とレオンの持っていた荷物が床に落ちる。
目が合う。
途端にルシアの身体中に、血が駆け巡るような感覚がした。
なんだこれは。
なんだ……。
硬直しているレオンの首筋を見て、そこへ顔を埋めたいと心から思う。
なんだか甘い匂いがする。凄く好きな香りだ。あの匂いに包まれて、身体中につけて欲しい。
そんなことを強く感じて、衝動のままレオンの胸に縋り付く。
「ル、シア、ま……っ」
抱きついて、その身体をぐいぐいとベッドへ誘導する。
しがみついた胸は広く、シャツの下の肉体は少し骨張ってはいるが男らしい。
ルシアはそのシャツが憎らしく、剥ぎ取るようにボタンに手をかけた。
転がるようにベッドに座らせたレオンに跨がり、ボタンを外しながら首筋のにおいを嗅ぐ。
甘くて、どこか陽の光のような匂いがする。噛めばそんな味がするのだろうか。ルシアは歯を立てた。
「っ、ルシア!」
抵抗するように腰を掴まれたが、歯を立てた首筋を今度は癒やすように舌で舐めてやり、その手を押さえる。
「っ……早くしろ、我慢、したくない」
もうずっと待っていた。夜中から眠れず、身体の奥底から湧いては出る欲望を、必死に抑えつけ我慢してきた。
なぜお前がいるのに、焦らす。
そんなことを呟いたような気がする。定かではなかった。
次にはベッドに倒され、レオンがルシアが着ていた寝間着を脱がしていた。性急に裸に剥かれ、自身の服も素早い動作で脱ぎ捨てたレオンに、いつもの面影はない。
覆い被さられ、ルシア、と囁かれる。
先ほどルシアがしたように首筋に顔を埋められ、ベールで包まれたそこに舌が這う。
ぞわぞわとしたもどかしい快感に、かき抱くようにレオンの頭を抱える。
「なあ……ここ、もう凄いんだ……ン、ずっと、濡れてて……ほら」
脚を開き、濡れた箇所に指を入れる。見上げた至近距離のレオンの顔は、いつもより真剣でなんだか格好良く見える。
ルシアは奥まった部分を自分で愛撫しながら、正面にあるレオンの唇を思わず舐めた。
早く、早く。
食い入るような瞳がぶれたかと思えば、次にルシアの唇はレオンのそれに塞がれた。半開きの口の中に、肉厚な舌が差し込まれる。
訳も分からずその舌を舐めると、蜜のような味がした。
ルシアはすぐに夢中になった。舌も唇も隙間なく合わせているだけで、背に甘い快楽が通る。
「ん、ん、ぅ」
「……すごく、濡れてる」
そうしながらも下腹部をまさぐっていた指をレオンの咎めるように押さえつけられたので、ルシアは腰を揺らし催促した。
代わりに入ってきたのはレオンの指だ。
発情期のおかげで濡れて柔らかくなっている蕾の中は、挿入されたレオンの指を離すまいと食んだ。
「は、ああっ」
ぐちゅりと突き入れられ、膨らんだ部分を指の腹で優しく擦られる。そうされただけでルシアの内部は歓迎するかのように蠢き、蠕動した。
びりびりとした強烈な快楽が背を走り、意図しない声が勝手に漏れ出る。
なのにレオンの長い指はもっとずっと奥の方を探り、いたずらに回し、感じる部分ばかりを突いてくる。
「あ、や、あっ、あぁ……んんっ!」
たった数秒そこを抉られただけで、感じたことのない快感に襲われ、ルシアは全身を震わせて達した。
ぎゅうぎゅうとレオンの指を咥え込みながら、呼吸さえ止まるほどの気持ちよさに溺れる。
内部も中心も燃えるように熱く、放出する快楽とは違う絶頂感だった。
その妙な違和感に、荒く息を吐きながら何が起きたのかと首を起こし確認する。
ルシアの欲望は力を保ったままで先端を濡らしてはいたが、白濁を放ったような気配はない。
どうやら、中の刺激だけで達したようだ。
「は……やくっ」
なのにちっとも疼きは消えない。そんなものではなく、今すぐレオンのもので埋めて欲しかった。
めちゃくちゃに腰を振られ、奥底まで抉って欲しかった。
痒いような物足りないようなそんな感覚がずっとしていて、死にそうになる。
救って。
僕を、満たして。
ただそれだけで頭がいっぱいになる。
「じっとして」
待ちきれなくて自然と揺れる腰をレオンに押さえつけられる。
大きな掌で簡単に動きを止められたことにも、ルシアは意味もなく感じてしまった。
自分より強い相手に屈せられるという被虐的な状況に、なぜか興奮している。
今からここに大きくて熱いものを奥深く突き入れられる。
ルシアの弱い部分を余すことなく抉り、執拗に責められ、泣き叫んでも止まらない律動を与えられる。
「っ、じっとしてって」
苛立ったような声の次に、ずぶりとそれが挿入ってくる。
「ひ、ぁ──っ!」
張り詰めた灼熱が一気に最奥まで侵入してくる。
その衝撃にルシアは仰け反り、反射的に逃げを打った。
だが、レオンの手がルシアの腰をしっかりと持ち、引き寄せる。
「ぁ……っ」
「──す、ご」
びゅくびゅくとルシアの勃ちあがったものから白い物が流れ出る。レオンが腰を揺らす度それが下生えを濡らし、シーツに垂れ落ちていった。
収縮した内部を広げるように、レオンが更に奥へ身体を進める。
また、途方もない気持ち良さがルシアを襲う。強すぎる快楽に息が出来ない。
だらしなく開いた口からか細い声が零れていく。
「う、あ、あっ……ああっ!」
先刻より力強くレオンが動き出した。
最奥まで突き入られ、ずるりと引き抜いて、また最奥を目指す。
濡れて柔らかい内部はその度にレオンの剛直を締め付け、促すように肉壁が蠢いた。
真っ白になるほどの、快感だった。
前の時とは違う。部屋中にレオンの匂いが充満して、もっと滅茶苦茶にしてほしいと絶えぬ欲に溺れそうだ。
レオン、と掠れた声で助けを求め、ほしいと譫言のように呟く。
奥に、一番奥に欲しい。
その熱い飛沫で胎内を満たしてほしい。
「だ、め、ま、また、い、く……っ!」
「っ俺も、出すよ、ルシアっ」
「出してっ、出して……っ、いっぱい、欲し……っ」
レオンが欲望のまま力強くルシアの最奥に身を沈めた。次に熱いそれが一番奥でどくどくと大量に吐き出されているのが分かる。
苦しいほどの、気持ちよさだった。
がくがくと勝手に腰が震え、濡らされる内部に呼応するようにルシアは再び絶頂した。
「……っあ、やっ」
戦慄く身体をどうすることもできず悦楽に身を漂わせていると、レオンが手を伸ばし、出し過ぎて力をなくしているルシアの中心に触れてきた。鋭利すぎる感覚に意図せずルシアの身体が跳ねる。
今はその快楽が辛い。
だが、レオンを包んだままの内部は確かに悦び、僅かな快楽を拾うように蠕動した。
「……ルシア」
「ひ、あ、あ、ぁ」
熱が治まらぬそれの欲望に従い、再び腰を揺らされる。
ぼんやりとしたルシアは空色の瞳をゆっくりとレオンに向けた。
「っん……もっと」
幼子のような甘い声が口から出ていった。
恥ずかしいと思う間もなく、まるでそれに誘われるようにレオンが覆い被さり唇を塞いでくる。
甘い味。甘い吐息。
うなじを噛んでほしい。自分は彼のものだ。彼も自分のものだ。
はやく、つがいにしてほしい。
だがルシアの望みに気付かぬふりをしているのか、レオンはルシアの白い脚を持ち上げた。そのまま肩に置かれると、尻が浮き視界が変わる。
「……ぅ、そ」
「俺のカタチに、なってる」
真上から突き入られるような格好になったルシアは、嫌がりもせずその淫らな体勢を受け入れた。
そうして繋がった箇所を見遣り、頬を赤らめながら感嘆とした声を漏らす。
大きくて太いレオンのものを健気に食んだその部分は、赤くなり縁が僅かに腫れ上がっていたが、愛液に濡れぬらぬらと光っていた。
時折呼吸するように収縮しては飲み込む様は淫猥で、二人の興奮を煽る。
レオンがそこにゆっくりと残った自身を沈め、そうして同じ動作で腰を引く。
「す、ごっ……あ、ぁ、あああ」
「は……っ」
下生えが当たるほど深く挿入され、反射的にぎゅうぎゅうとレオンを締め付けてしまう。それから逃れるようにレオンが腰を引くと、一番敏感な箇所に当たりすぎて、痙攣するように内部が蠕動する。
結局ここは気持ちよくなるだけの箇所だ。繋がれば繋がるほど気持ちよくて、その上精を受けたくてなんでも呑み込んでしまう、どこまでも淫乱な箇所だ。
そう思ったら、堪らなかった。
腰を揺らされれば揺らされるほどルシアはその快感に喘ぎ、理性が飛んでいく。
レオンは請われるまま律動し最奥を揺らし、ルシアの芯に触れ、時折身を寄せてくちづけをし、小さな突起を愛でて、そうして最後には自分勝手に精を吐き出した。
そんな行為を四、五回しただろうか。
汗まみれのレオンがずるりと身を引き抜いて、内部から出て行った。
快楽続きで朦朧としていたルシアは、途切れた刺激に無意識に安堵の息を漏らし、力の入らない四肢をシーツに投げ出した。
信じられないくらい全身が重かったが、なぜか今は奥底に渦巻いていた強い欲求が薄くなっているように感じる。
レオンに抱かれ、身も心も満たされたようだ。
こういうことか、とルシアは唐突に理解した。
顔を合わせた瞬間は互いに強い欲求に突き動かされ、ひたすらに夢中になっていたが、ある程度満たされると身体は疼きを止める。
オメガの発情期にアルファが寄り添う意味は、すべてこれだ。
これは、互いを補う行為なのだ。
レオンを見ると、ちょうど彼は脱ぎ捨てたズボンに足をつっこみ、ベッドを降りるところだった。
「……どこ、へ」
行く、と言おうとしたが、渇いた喉のせいでほとんど声にならない。
そんなルシアに気付き振り向いたレオンが、汗でしっとり濡れた髪を片手でかき上げ、滅多に見られない額を晒した。
翡翠の瞳と通った鼻筋は、バランスも良く十分美男子である。
アルファとしても遜色ない容姿で、体格だって少し細身なだけで悪くはない。
だが、その表情筋は硬く、ぼそぼそと紡がれる言葉は、確かにアルファでは見ないタイプだ。
「ジュリエットさんから水差しと軽食用意してあるって言われてたんだ」
もうお昼過ぎてるけど。と続け、取ってくると行って振り返りもせず去って行く。
容姿が良くてもレオンはレオンだ。思わずルシアの口元に笑みがこぼれる。
汗がしたたる上半身も拭かず、下半身だけズボンを纏ったのは最低限のマナーだったのか。時計を見れば十四時前だったので、たしかに家は無人である。
朝からこの時間まで夢中になっていたのかと思うと不思議な感覚だが、それ以上に心地良い疲労感と充足感で穏やかな気持ちになっている。
今だけは、怯えなくていい。気が遠くなるほど長かった発情期をひとり明かさなくていい。
なんて幸せなのだろう。
冷たい液体が口内を満たし、渇いた喉が歓喜してルシアは目を覚ました。
「起きた? くちびる、渇いてたから」
こくん、と口内に入ってきた水を飲み干すと、レオンが顔を引くところだった。室内は薄暗く、魔法で明かりが灯されている。窓の外は真っ暗で、既に日が暮れているようだ。
「……悪い、寝てた」
「うん。俺も少し寝たよ」
口移しで水をくれただろうレオンは、隣で魔術書を開いてルシアを待っていたようだ。
机の上にはパンと果物が置かれ、菓子も皿に盛られていた。
「俺はもう食べたから、ルシアも食べなよ」
確かに腹は減っている。
起き上がるとあまりに節々が痛かったので、ルシアは治癒呪文を唱えた。魔力が弱まっているのか効きは悪かったが、少し身体が軽くなる。
軽く息を吐くと、皿の上にパンと果物を差し出される。それをもそもそと口に運びながら、レオンに話しかけた。
「なんだか変な感じだ」
「そう?」
「考えてみればお前が僕の部屋にいるのも、初めてだな」
「そういえば、そうかも」
「……家族には、言ってきたのか」
「うん」
「何か、言われなかったか」
オメガの発情期を共にすると言うことは、アルファの時間も同じように潰される。
「そうかって言われたよ。ちゃんとしろとも」
「は、なんだそれは」
「さあ」
真意など興味もないのか、それとも深い意味などないと受け取ったのか、レオンは家族の反応などどうでもいいようだった。
それきり魔術書を開いていたが、ふと、レオンが顔を上げてこちらを見る。
「なんだ」
「……甘い匂い、してる」
自覚はない。
だが、一つの果物とパンを飲み込めば、僅かに熱が戻ってきた感覚がする。
机に残りのものを片付けると、ルシアはベッドから這い出た。
眠っている間にレオンが浄化魔法をかけてくれたのか汚れは落ちていたが、それだけでは気持ち悪かったので、自室の続きにある風呂へ向かう。
オメガの部屋は、大抵こういった造りになっている。
魔法石やアルファが専用呪文を唱えていれば、防音効果とフェロモンも遮断され、外からは何も漏れない。
ルシアはレオンを呼んだ。
バスタブにお湯を貯め、シャワーを頭からかぶり、そうして二人はまた、導かれるように身体を重ねた。
そんな生活を数日は繰り返し、ルシアの七度目の発情期は、レオンのおかげで驚くほど激しく、そして穏やかに、終了した。
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