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第二十話◇レオン
◇
最終学年になると、レオンもルシアもそれまでとは違う多忙な日々を送ることが多くなった。
まず、就職希望先への面接の準備。実際に職場へ足を運び内部見学を兼ねた質疑応答があり、採用側との意思疎通をはかるものだ。
レオンはこの為に周囲に促されるまま渋々身なりを整えた。
それとは別に勧誘期間というものがあり、採用側が学校内を見学する期間がある。
授業の様子や生活態度等を見てまわり、見込みがあると判断した生徒に自身の職場に勧誘するのだ。
二ヶ月間という短い期間だが、これを狙う生徒は常に素行を正しくしている。
優秀な人材だと判断されれば、難関だと言われている職業への道も繋がる。
おかげで最上級生は皆、髪を整え背筋を伸ばし、清潔な制服を纏い、清廉潔白な最後の学校生活を送ることになっている。
レオンの希望する魔道具関連の会社からの勧誘はなかった。実際、彼等は主に面接採用を重視していると聞いていたので問題はない。
しかし、召喚魔法学と黒魔法学を駆使する警備会社と宮廷黒魔道士会からの思わぬ勧誘が届いた。
特に後者の勧誘は非常に珍しいとされていたが、やりたくない仕事をする気はないので迷わず断った。
黒魔法は確かに得意な方だが、かと言って成績上位ではない。
彼等の何に気に入られたのかいまいち分からないが、誘いを蹴ったという話をしたら教師は大いに嘆いた。
一方で、レオンの話を聞いたルシアは「だろうな」と淡々と頷いた。「だってお前、昔から魔道具が好きだろ」と。
ルシアは、魔道士より薄給の魔道具会社関連への就職をずっと応援してくれていた。
周りにせつかれ仕方なく切った髪と整えた身なりを見て、最初は笑っていたが、最終的にはレオンのブラウスの襟を整えながら、「もうどこからどう見ても立派なアルファだな」と囁いた。
その腰を引き寄せ抱きしめることができれば、どんなに幸せだろうと想像してレオンは彷徨う手を引っ込めた。
そんなある日、遂にレオンは転移魔法を成功させた。
転移魔法の基礎である相互魔方陣内での転移だが、学業と魔道具制作の傍ら鍛錬し続けた日々を思えば、レオンだけでなくルシアも喜んだ。
ルシアに頼んで、彼の自室に魔方陣を描いた。
もう一つは自分の部屋に描いてしっかりと保護呪文をかける。こうしておけばその都度魔方陣を描かなくとも、次からは呪文詠唱だけで発動するのだ。
もちろん、最終目標は魔法石に転移魔法を組み込む事だが、学生身分としては十分なレベルと言っていいはずだ。
現に今日赴いた魔道具制作研究所の面接官は、レオンが転移魔法を成功させていると知ると、大層驚いていた。
レオン自身も魔法の成功でこれまでにないほど自信をもって、面接に臨むことができた。
その勢いのまま、完成したばかりの繋道石を利用した魔道具を持って見せると、一気に職人のような顔つきをした彼等に少し緊張したが、かねがね好評だった。
魔道具の仕組みを知ると「ロマンチストなんだね」と笑っていたが、次には商品としての価値は大いにあると感心しきっていた。
確かな手ごたえを感じながら帰路につき、レオンは逸る気持ちに従うまま、ルシアに会いに転移する。
「お前、いつも突然現れるなって言ってるだろ」
ベッドの上で魔術書を広げていた彼は、突如現れたレオンの姿に呆れたような表情を浮かべたが、次には笑んだ。
仄かに甘い花のような香りは、ルシアが風呂で使う石鹸のものだ。
既に風呂を終えているのか、華奢な体は薄手の寝間着に包まれ、無意識に喉が鳴る。
「うまくいったんだな」
レオンは頷いた。
この時ばかりは躊躇わず、靴を乱暴に脱ぎベッドに乗り上げて、近づく。
清潔な甘い香りが鼻腔をくすぐる、触れたくてたまらなくなったレオンを前に、知ってか知らずか、彼は緩やかに微笑んで首に両手を伸ばしてきた。
「良かったなレオン」
「……ルシアも」
追試を受けていた召喚魔法学の実習試験をようやくパスをしたと面接前に聞いていたので、レオンも喜んだ。
抱きしめられ、その細い腕を掴みながら束の間の幸福に溺れる。
このまま押し倒して口づけをしたい。そんな欲求に駆られ、ルシアをのぞき込むが、彼は目を細めてただレオンを抱きしめるだけだ。
レオンは頭の中で裸に剥いたルシアをなんとか振り払う。
初めての時以来、今でもずっと夢見ている。
この甘い香りのする幼馴染みを、発情期ではない、なんでもない時に押し倒し、口づけをしてどこもかしこも味わい、好きなように弄り突いて、何度も何度も揺さぶる。
翌日もその翌日も、発情期に入っても。
日頃の甘い妄想が蘇りレオンは腰の奥に覚えた熱を無視するため、ルシアの腕から離れた。
「まだ、合格とは決まったわけじゃないけど。他も、あるし」
「うん。でも、お前がそこまで喜ぶなら、答えは出たようなものだろ」
就職先への面接は、まだ終わってはいない。
しかしレオンは既に第一希望先への確信を得ていたし、その態度を見たルシアもそう結論付けたようだ。
元々アルファが面接先から断りを入れられることが滅多にないこともあるが、それまでレオンの動向を傍観していたルシアもそれなりに感じるものがあったのだろう。
「大丈夫、お前ならどこでもうまくやれる」
「……うん」
もう一度力を込めて抱き寄せられ、レオンは目を閉じる。
こんなにも自分を思ってくれている。
いつだって味方で、抱きしめて話を聞いてくれる。
これ以上の答えなどないと、レオンはその時確信した。
ルシアとは、答えなどなくとも、魂で繋がっていると。
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