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第3話 沖田の素顔

「酔いつぶれたって? どういうことだ」  沖田の携帯に美鈴から連絡が入ったのは、深夜0時過ぎのことで、沖田は仕事帰りの車の中だった。  美鈴の説明では、広瀬はそれほど飲んでいなかったのだけれど、店の中で眠り込んでしまって起きないのだと言う。 「マネージャーに連絡つかないのか?」 「私、隼人くんのマネージャーの連絡先なんて知らないもの」 「まったく……今どこで飲んでるんだ」  美鈴に店の場所を聞いて、仕方がないので沖田は家に向かっていた車を方向転換させて、広瀬を迎えに行くことにした。  いくら美鈴でも酔いつぶれてる男を連れて帰るのは無理だろう。  店に顔を出すと、広瀬は店の隅のソファー席で寝ていて、美鈴が困った顔で付き添っていた。 「そんなに飲ませたのか?」 「飲ませてないわよ。自分でもお酒は弱いと言ってたから、カクテル2、3杯しか飲んでないはず」  沖田も広瀬を揺り起こしてみたが、起きる気配はなさそうだ。  悪酔いしているというよりも、疲れてすやすや眠っているように見える。 「仕方ないな……俺が連れて帰る」  沖田は広瀬の家の場所など知らないし、他に選択肢はない。  広瀬を抱えてなんとか車に乗せた。  美鈴を送り届けてから、広瀬を連れて自宅へ向かう。  助手席で気持ち良さそうに寝ている広瀬の寝顔を見ながら、沖田は苦笑する。  寝ている間に自分がどこへ運ばれているのかも知らないなんて、あまりにも無防備過ぎる。  悪意のある人間だったら、何をされるかわかったものじゃない。  タレントになったという自覚がなさ過ぎる。  目が覚めたら説教してやらなければ、と思いつつ、今は寝かせておいてやろうか、と沖田は自分のマンションに連れて帰った。  抱きかかえようとすると、意識があるのかないのか、子どものように抱きついてくる。  ひとつしかない寝室のベッドに広瀬を降ろすと、それまでまったく目を覚まさなかった広瀬がぱちっと目を開けた。  状況が飲み込めないのか、少し視線を空中に彷徨わせて、沖田の姿をとらえると安心したようにフワっと笑った。 「翔……先生」  広瀬は嬉しそうに一瞬微笑んで、再び目を閉じた。  沖田は広瀬の一瞬の微笑みに目を奪われて、小言を言うのも忘れてしまった。  そんな風に広瀬から笑顔を向けられるほど、沖田はまだ自分は信頼されていないだろうと思っていた。  そっと広瀬の頭をなでて立ち去ろうとしたら、広瀬が沖田のシャツの裾をしっかりと握りしめて再び眠り込んでいる。  困ったやつだ……  沖田は苦笑しながらその手をほどいて、それから広瀬の唇にそっと口づけた。  無意識にシャツの裾をつかまれる程頼られていると思ったら、広瀬が無性に可愛く思えた。  広瀬はよく眠っていて、キスをしたぐらいでは起きる様子はなかった。 「隼人! 起きろ!」  ……誰だ。  広瀬は驚いて飛び起きた。  一人暮らしの広瀬は人から起こされることなどない。  そして目の前に沖田の顔があったので、さらに驚いて思わずベッドの上に正座してしまった。 「お……お早うございます」 「よく寝てたな、まったく。昨日のことは覚えているのか?」 「昨日って……あの……どうして僕はここに」 「やっぱり覚えてないのか」  広瀬はよく回らない頭で懸命に昨晩のことを思い出そうとした。    そうだ。  昨日は美鈴先生に誘われて食事に行って……  少しぐらい飲まないと悪いと思って、お酒を飲んだんだった。  だけど、なぜ僕はここに……? 「美鈴が困って電話をしてきたから、俺が迎えに行ったんだ。お前、熟睡していて起こしても全然起きなかったんだぞ」 「す……すみませんでした」  正座したまま深々と頭を下げて広瀬は謝った。  とんでもない迷惑をかけてしまった、と青ざめてしまう。 「疲れていたんだろう」  うなだれている広瀬の頭を軽くなでるように、沖田はぽん、と手をおいた。 「慣れないうちは誰でも緊張して疲れるものだ。しばらく酒は控えるんだな」  もっと怒鳴られるかと思ったのに、広瀬は拍子抜けした。  おそるおそる沖田の顔を見ると、仕方ないやつだ、と言うように苦笑している。  初めて見る沖田の笑った顔だった。    美鈴は昨日、沖田は面倒見がよいと言っていた。  それは嘘じゃなかったんだ。 「あの、泊めて頂いてありがとうございました」 「そのことだが……まあいい。先に食事にしよう。顔を洗ってこい」  広いマンションの中を案内される。  憧れの沖田の自宅に招かれているなんて、夢を見ているようだ、と広瀬は舞い上がった。  ダイニングのテーブルにはパンやサラダなどの朝食が並べられている。 「あ、目玉焼き……これ、翔先生が?」 「他に誰がいる」  沖田の手作りの朝食。  沖田と目玉焼きがなんだか似合わなくて、広瀬は思わず笑ってしまう。 「朝食はしっかりとるんだ。お前はまだ自覚がないようだが、これからは体力勝負なんだぞ」  体力勝負……本当にそうなんだろうか。  確かに広瀬にはまだ自覚も実感もない。  本当に自分が歌手として仕事をするんだろうか、と他人事のように思っている。  だけど、今現に目の前に沖田がいて、自分と向かい合っている。  これが、現実なんだ。    向かい合って朝食を食べていると、沖田が口を開いた。 「隼人、仕事のスケジュールはどうなってるんだ」 「まだ特に……この2週間はレッスンに専念するように言われてて。少し撮影とかはあるらしいんですけど」 「そうか。それなら、レッスンが終わるまでお前はここにいろ」  一瞬沖田の言葉の意味が理解できなくて、広瀬は絶句する。  

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