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第8話 添い寝

 沖田がゲイだなんて、考えてもみなかった。  でも……それなら。可能性はあるんじゃないか。  今これだけそばにいるんだから、ひょっとして僕に可能性はないだろうか。 「ねえ、隼人くんはいつまでここにいるの?」 「一応約束の期限は今週いっぱい」 「そっか。じゃあ、これは警告。男に興味ないんだったら翔からは逃げた方がいいわよ。あいつ、しつこいから。今ならまだ間に合う」  逃げるなんて……  僕は離れるのが寂しいと思っているぐらいなのに。 「もし、逃げないならストレートにぶつかりなさいよ。多分、翔はノンケに自分から手出したりしないだろうしなあ」 「ノンケって……何ですか?」 「ゲイじゃない人。隼人くんはそうでしょ」  そうなんだろうか。  沖田に恋心を感じる時点で、そうとも言い切れないような気がする。  今までつき合った女性より、沖田にたいする気持ちの方が強いような気がする。 「僕は家族がいないから。それで優しくしてくれる翔先生を兄貴みたいに思ってるだけかもしれないんです」 「かもしれない、ということは違うのかもしれない……と悩んでるわけね」 「まあ、そんなところかな」 「……抱かれちゃえば?」 「うぇっ? えっ? 抱かれるっ?」  思わず咳き込みそうになった隼人を見て美鈴はゲラゲラと笑い出す。 「だってはっきりするじゃない。それにこんなチャンス、もうないわよ。あと2日でここを出ていくんでしょ?」  そうだ、そうだった。  美鈴が言うのももっともだ。  チャンスがあるとしたら……あと2日。  ここを出てしまえば、忙しい沖田とプライベートで会うことなんて不可能に違いない。  そう思うと、美鈴の言う通り思い切って当たって砕けてみる方が後悔しないかもしれない。  だけどどう考えても、そんなこと自分から沖田に言えそうにない。  『抱いてほしい』なんて、男の台詞じゃないよな……と思ってしまう。 「あ、隼人くんマジな顔になってる。ごめんごめん、冗談だってば!」  肩をバシバシ叩いて謝る美鈴に広瀬は少し感謝した。  美鈴に話をしていなかったら、きっと何事も起きずに僕はここを出ていくことになっただろう。  だけど、まだ2日ある。  可能性があるとわかっただけでも、気分が明るくなったような気がする。  美鈴が帰ってから、広瀬は作戦を考えた。  いきなり抱かれる、というのはどうしても無理がありそうだから、せめて今よりもう少しだけ接近する方法はないものか。  例えば同じベッドに寝るだけなら。  添い寝だけなら、頼んだらしてくれるかもしれない。  昨日だってしてくれたんだし。  それだけでも、十分思い出になるような気がする。  なにせ、2度も一緒に眠ったことはまったく記憶に残っていないのだ。  せめてそれぐらいの思い出は欲しい、と思った。  それから広瀬は沖田のために食事の支度をした。  片思いでも、好きな人がいるってなんて楽しいんだろう。  ここを出ていくことを考えると辛くなるけど、それでも最高の思い出になりそうだ。  だって、憧れていたアーティストと一緒に暮らしたんだ。  たとえ2週間でも。  最高じゃないか。  多くを望んじゃいけない。  せめて思い出を、作ろう。 「今日はなんだか機嫌がよさそうだな? 今日は美鈴が来てたんだっけ」 「はい、今日が最後のレッスンでした」  帰ってきた沖田に今日の録音を渡す。 「あの……僕、やっぱりバラード歌いたいんです。聞いてみて下さい」  沖田は渡された録音をヘッドホンでじっと聴いていたが、聴き終えると納得したような顔になった。 「いいだろう。良くなってる。美鈴に恋でもしたか?」 「そ、そんなわけないです!」  沖田の冗談に広瀬はムキになってしまう。 「ま、誰と恋をしてもいいが、アイツはやめとけ。隼人の手に追える女じゃない」 「違いますって! 僕は、女になんか興味ありません!」 「女に興味ないって?」  広瀬は思わず言ってしまった自分の言葉にハっとした。 「意味深だな」  沖田がニヤっと笑う。  変な意味にとられただろうか……女に興味ないっていうの。  でも、それならそれで別にいい。  いや、むしろそう思われていた方がいい。    その晩、広瀬は計画を実行した。  切羽詰まると人間というのは思い切ったことができるものだ。  沖田は今風呂から上がって寝室にいる。  心臓がドキドキと早鐘を打ち始める。  断られるだろうか……  その時はその時だ。  思い切ってノックをしてみる。 「どうした。まだ起きてたのか」 「あの……眠れなくてそれで……」  広瀬が手に枕を抱えているのを見て、沖田は笑いを噛み殺した。  なんと幼稚で可愛い計画的犯行だろう。  だけど、沖田はそういうタイプに弱い。  言葉につまっている広瀬につい助け船を出してしまう。 「添い寝してやろうか?」 「えっと……あの……」 「こっちに来い。そのつもりなんだろう?」  そのつもり、という沖田の言葉に赤くなっていた広瀬はさらに心臓が爆発しそうになった。  まるで夜這いみたいだ。  ベッドにころがっている沖田の隣へおずおずとすべりこむと、沖田が腕枕をしてくれた。  石けんの香りがする。  自分も同じ石けんを使ったんだから同じ香りのはずなのに、なぜか沖田の方がいい匂いがする。 「どうしたんだ。何か悩みでもあるのか」 「いえ……もうすぐ撮影だから。緊張して」 「あさってか。いよいよだな」  沖田の顔がすぐそばにある。  息がかかるほど、密着した距離。 「心配しなくていい。お前はよくやった。大丈夫だよ」  ふわっと抱きしめてくれる沖田の腕の中で、胸に顔をうずめる。  幸せだ……今死んでもいいと思えるほど。  

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