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第10話 一緒にしたいこと
広瀬が恐る恐る沖田の手をとると、沖田はその手を引き寄せて肩を抱いた。
沖田に肩を抱き寄せられただけで、広瀬は震えるほど胸が高鳴るのを感じていた。
オーディションに合格した時よりも、はるかに緊張する。
沖田はリビングのソファーへ広瀬を連れていき、広瀬を隣に座らせた。
「ちょっと待ってろ」
肩を抱き寄せた広瀬のこめかみに軽く口づけると、携帯を取り出してどこかへ電話をかけている。
「沖田だ。悪いが今日のこのあとの仕事を全部キャンセルして欲しい。急用だ。うまくスケジュール調整してくれ」
広瀬は驚いて固まった。
まさか自分が言い出したことで、沖田が仕事をキャンセルしてしまうなんて思ってもみなかった。
「先生……仕事……」
言葉もなく固まっている広瀬に、沖田は笑いかける。
「俺はわがままだと言っただろう? 仕事より恋人と過ごす方が大事なんだ」
「そんな……」
「仕事は明日でもあさってでもできる。お前は今日、俺の時間が欲しいんだろう?」
広瀬は黙ってうなずいた。
時間がないのだ。
明日の収録が終わればもう、広瀬がレッスンのためにここにいる理由はなくなってしまう。
仕事もつまっているし、広瀬の自由時間は今日が最後だ。
「さあ、今から何がしたい?」
沖田が微笑みながら広瀬の顔をのぞきこむ。
何がしたいと聞かれても、その後のことまで広瀬は考えていなかった。
そもそも沖田がすんなりOKしてくれるなどとは思っていなかったのだ。
今更ながら、忙しい沖田がよくこんな無茶を了承してくれたものだと、恐れ多く思えてくる。
「何って……僕は何でも」
「恋人と過ごせる貴重な時間だぞ? 何か一緒にしたいことがあるだろう?」
「一緒にしたいこと……」
真面目に考えこんでいる広瀬に、沖田は顔を近づけ、額をコツンとあてた。
「俺が決めていいのか?」
広瀬の返事を待たずに、沖田は広瀬の唇を奪う。
そっと触れ合わせて、髪をなでながら何度も口づけた。
広瀬は心臓が爆発寸前だ。
昨晩は夢でもいいからたった一度でもキスして欲しいと思っていたのに、惜しげもなく何度もキスが降ってくる。
フワフワと舞い上がりそうなぐらいに、幸せだと思った。
「早く決めないと、このまま服を全部脱がせてベッドへ連れていくぞ」
沖田はクスクス笑いながら、広瀬をソファに押し倒した。
いきなりの展開に、広瀬は顔を真っ赤にして目を見開いている。
「ベッド……ですか」
「恋人同士がまっさきにすることだろう?」
沖田はさらに深く広瀬にキスをする。
舌がすべりこんで熱く絡まると、広瀬はもう頭が真っ白になって何も考えられなかった。
ただひたすら沖田のシャツをぎゅっと握り締め、痺れるようなキスに酔いしれる。
唇を離すと、広瀬がとろんとした顔をしているのが可愛くて、思わず沖田は笑ってしまった。
「隼人、キスしたことないのか?」
「したことあるけど……されたことはない」
頭がぼーっとして、つい正直に答えてしまったが、キスの経験なんてそれほどない。
つき合った彼女としたことがあるが、今の沖田とのキスに比べたらあれはキスじゃない、という程度の経験しかなかった。
「そうか。そうだよな」
沖田が楽しそうに何度もキスを繰り返していると、広瀬の腹がぐう、と鳴った。
「なるほど、キスよりメシか」
沖田がからかうと広瀬はまた顔を赤くする。
「何が食べたい? 外へ行くか、それとも店屋物にするか」
「外には行きたくない。ここで一緒にいたい」
広瀬は即答した。
外へ出れば、有名人の沖田は自分だけのものではなくなってしまう。
「よし。ちょっと待ってろよ」
沖田は飛び起きると広瀬も抱き起こし、キッチンから店屋物のメニューを山ほど持ってきた。
「寿司、うどん、丼モノ、イタリアン、ピザ、弁当、中華ぐらいだな。どれにする」
「おすすめ、ありますか」
「まあ、寿司かピザだな。麺類は冷めるし伸びるだろ」
「じゃあ、ピザで」
「よし、じゃあ選ぼう」
ただピザを選んでいるだけでも広瀬は楽しかった。
この気持ちはやっぱり恋じゃないか、と今更のように自覚してしまう。
普段からスキンシップの多い沖田に慣れてきたから、キスも不自然だとは感じなかった。
男同士だからって好きになったっていいじゃないか、と思う。
沖田はキスが好きみたいだ。
広瀬はそれが嬉しかった。
視線が合うたびに、沖田は優しく唇を重ねてくれる。
ピザが来るまでの30分程の間に何度キスをしただろう。
腹は減っていても、ピザなんてどうでもいいと思ったぐらいだ。
「やっと来たな。ピザが来る前に隼人で腹いっぱいになりそうだったぞ」
リビングのテーブルの上に皿や飲み物を並べると、沖田はピザを一切れ取って広瀬の口元に差し出す。
「ほら、食え」
広瀬が照れているのも構わずに、いつまでも差し出しているので、仕方なしに口を開ける。
沖田は食べさせるだけで自分は見ている。
「先生は?」
「俺も待ってるんだけどな」
いたずらっぽい顔をして沖田がニヤっと笑うので、広瀬はあわててピザを取り沖田の口元に差し出す。
沖田は遠慮するでもなく、広瀬の手からピザを食べさせてもらって満足そうだ。
それからまた、もう一切れ取って、広瀬の口に運んでやる。
いくら恋人同士だと言っても……
照れずにそんな子供っぽいことをする沖田が、広瀬は意外で仕方がない。
「隼人みたいに遠慮ばかりするヤツは、皆でピザを食べる時に、食いそびれるだろう?」
「うん……そうかも」
「このやり方だと、遠慮した方が満腹になって、遠慮しなかった方が腹ペコになるんだぞ」
「そうか」
広瀬はまたあわてて、ピザを沖田の口へ運ぶ。
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