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第21話 【シンデレラボーイ2】 沖田の過去
デビューして半年。
仕事も恋も順調で、広瀬は充実した毎日を送っていた。
初めてのアルバムは沖田が全面プロデュースだったし、オーディション番組で宣伝したおかげで、ヒットチャートを駆け上がった。
広瀬は音楽番組やライブ以外の仕事は、基本的に受けていない。
CMとタイアップしたり、たまに雑誌のインタビューの仕事があったりする以外は、それほど忙しくない生活を送っている。
ルックスがいいので、ドラマ出演のオファーなどもあったが、広瀬の意向を尊重して、事務所が断ってくれていた。
あがり症の広瀬にとって、人前で演技をするなどということは、とうていできそうになかったからだ。
歌を歌うことで精一杯で、これ以上仕事の幅を広げる気にはなれなかった。
今、広瀬が楽しみにしているのは、次のアルバム制作だ。
沖田はすでに曲を書き始めているし、出来上がるたびに聴かせてくれる。
ふたりでどんな曲にしていこうかと語り合うのが、日常だった。
大学の近くのワンルームマンションに住んでいた広瀬は、休学をきっかけに引っ越した。
沖田の住んでいるマンションの下層階、2LDKの部屋。
セキュリティもしっかりしていて、エントランスには警備がいるようなマンションだ。
沖田との関係が深い広瀬の日常を事務所は把握しているので、特に反対はされなかった。
家賃はそれなりに高いが、今の広瀬の収入で払えないほどではない。
ここ半年、遠方の仕事がある時以外、広瀬は毎日のように沖田の部屋へ帰っている。
『沖田と広瀬はプライベートでも仲がいい』ということは、ファンの間でも噂になっていた。
沖田は自宅に録音スタジオを持っているので、広瀬が沖田のところへ通うのは不自然ではないけれど、さすがに毎日となると怪しむ人もいるかもしれない。
そんな理由で、同じマンションに引っ越すようにすすめたのは沖田だった。
「翔、おかえり」
「ああ、遅くなった」
沖田は軽く広瀬を抱きしめると、額にキスを落とす。
いまだに照れたような表情になる広瀬が可愛くて仕方がない。
他人には警戒心むき出しの沖田だが、広瀬だけは特別だ。
芸能界に知り合いがほとんどいない上に、大学も休学している広瀬にとって、自分はたったひとりの家族のようなものだ。
同時に、沖田にとってもこれほど信頼できる身内は他にいない。
広瀬が自分から離れていく可能性など、ゼロだと信じている。
「仕事の方はどうだ。今日は事務所に顔を出したんだろう?」
「うん。まあ、あんまり変わらない。あ、そういえば雑誌の表紙の仕事がひとつ来てるみたいだけど」
「雑誌? めずらしいな」
「メンズ・アンノウンっていうファッション誌だって」
「メンズ・アンノウンだって?」
沖田は思わず顔をしかめた。
メンズ・アンノウンの専属モデルは、久住雅也だ。
あまり思い出したくない、沖田の元彼である。
モデルでもない広瀬にそんな指名がかかるのは、絶対に久住の仕業に違いない。
3年以上前のことになるが、沖田は久住と別れるのに苦労した。
わがままで自分本位なところがある久住が、広瀬にちょっかいを出そうとしているのがミエミエだ。
久住はバイだ。
自分にとってメリットのある相手なら、躊躇なく手を出す。
そうやってモデル界のトップまで登ったやつだ。
芸能人に免疫のない、広瀬が危ないような気がする。
沖田の場合は、久住がそういう性格だということを知っていて、割り切った付き合いをしていた。
もちろん、未練などない。
「隼人、その仕事受けたのか?」
「いや、まだ。でも、事務所的には乗り気みたいだったけど」
「できれば断れよ」
「相手が久住さんだから?」
「知ってたのか……」
「うん、前に美鈴さんに聞いた」
広瀬は淡々としていた。
仕事は仕事だし、沖田に過去の恋人がいるのは当たり前のことだ。
恋愛経験の少ない広瀬にだって、元カノはいる。
今の広瀬は、沖田との関係に絶対の信頼を置いている。
何年も前に別れた昔の恋人など、あまり気にならなかった。
「久住さんって、翔に未練でもあるのかなあ?」
「いや、ないだろ。3年間1度も連絡すらないし。そもそも恋愛感情すらあったかどうか怪しいやつだ」
「ふーん。じゃあ、なんで今さら俺を指名してきたんだろうね」
「さあな。でも、気をつけろよ。平気で人のもん奪うようなやつだから」
「翔が奪われる可能性があるの?」
広瀬は食事の支度をしている手をとめて、沖田の首に手を回し、唇にキスをした。
あり得ない。
沖田を誰かに渡すなんて。
「俺じゃない。お前だよ、危ないのは」
「俺? なんで? 俺は翔を裏切ったりしないよ、絶対に」
久住と別れるとき、実はひと悶着あった。
その頃、久住はモデルの仕事だけでなく、役者や歌手の仕事にも欲を出していた。
付き合っていた当時の沖田は、つい情に流されて、久住の曲を書くという約束をしてしまったことがあった。
しかし、久住がドラマの役を取るために、スポンサーと寝ていると知ったときに、沖田は久住のプロデュースを降りた。
自分がその汚れたスポンサーと同じに思えて、我慢ならなかった。
久住の事務所とは少しモメたが、別の作曲家を紹介することで、話はついた。
しかし、結局久住は歌手として売れることはなかったし、役者としても二流だ。
沖田のプロデュースで売れ始めた広瀬に対してどんな感情を抱いているのか、おおよそ見当はつく。
沖田は、隠し事をせず、過去にあったことを広瀬に説明した。
「俺、仕事断るよ」
「そうしてくれると安心だな」
「翔が嫌がることはしない。モデルには興味ないし」
華奢で中性的な広瀬のルックスは、実はモデル向きだ。
しかし、自己顕示欲のない広瀬は、性格的にモデルの業界ではやっていけないだろうと、沖田は思う。
音楽や演技のように才能で勝負できる世界とは違って、モデルの業界はコネや営業力がすべてだといっていい。
競争心が強い人間しか生き残っていけない世界だ。
そんな業界に、広瀬を関わらせたくないと、沖田は思っていた。
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