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第23話 ライバル対決

 広瀬は、人前で自分の感情を隠すことに慣れている。  無表情で、気配を消して、その他大勢のひとりになる方が気楽だ。  親戚の家に引き取られて育った広瀬は、昔からそうやって、誰の邪魔もしないように生きてきた。    唯一の例外は沖田だけだ。  沖田以外の人間は、はっきり言ってどうでもいいし、興味がない。  最低限必要なやり取り以外、久住と話すつもりもなかった。  それがかえって、久住の神経を逆なでしていることに、広瀬は気付いていなかった。  新作のブランドものの洋服を着せられて、スタイリストやメイク係が、広瀬をイメージチェンジさせていく。  他人の手でつくられていくイメージに、広瀬は違和感があった。  洋服を選ぶなら、沖田の選んだものがいい。  違う自分になどなりたくない。    鏡の前でぼんやりしていると、広瀬をリラックスさせようと坂下が話しかけてきた。 「今日はね。一日僕のことを翔だと思ってカメラの方を見てくれるかな?」 「翔だと思って?」 「あいつがそう言ってたんだよ。それが一番素のままの広瀬くんを引き出せるからって」 「そうなんですね……翔がそんなことを」  ふわっと小さく微笑んだ広瀬を見て、カメラマンは内心少し驚いた。  一瞬で人が変わったように、色気が出た。  これは、うまく引き出せば、案外化けるかもしれない。 「鏡を見て。翔なら今の広瀬くんを見て、なんて言うかな?」  七五三みたいだって笑うかな……  いや、違う。  翔は大事なときに茶化したりする人じゃない。   『心配するな。隼人は俺だけ見ていればいい』  翔ならきっとそう言う。  俺がどんな服装をしていたって。  どんな仕事をしていたって。  それは、全部翔のためなんだ。  そう思ったら、気持ちが落ち着いた。  精一杯、沖田への想いをカメラに向かってぶつけるだけだ。  久住と並んで、ツーショットの撮影が始まる。  これが、雑誌の表紙になる写真だ。  広瀬は、隣にいる久住のことなど、頭から消えていた。  ただ、カメラの向こうに沖田が微笑んでいる姿だけを想像していた。 「広瀬くーん、もう少し誘うような視線くれる?」  誘うって……  ベッドに誘うときの、アレだろうか。  まっすぐにカメラを見つめて、心の中で『今日はしようよ』とつぶやいてみる。  沖田のキスが落ちてくるのを想像しながら、目を伏せる。    少し小首をかしげて、照れたような表情が、きっと沖田は好きだ。  パシャパシャとシャッターの音が響く。 「広瀬くんが一番幸せなときを思い出して」  それは簡単だ。  昨晩も抱かれたばかりだから。    身体の中に沖田がいるのを想像すると、顔が少し熱くなる。  口元が寂しくて、思わず自分の指で唇に触れる。  沖田の唇が首筋に、胸に、惜しげもなく落ちてくるのを想像しながら、カメラに向かって溶けそうな笑顔を浮かべる。    もっと愛して……  もっと俺のことを好きになって……  何度となく経験した絶頂を思い出して、思わず吐息が漏れる。  震えそうになる身体を、自分の腕で抱きしめる。  穏やかに微笑む沖田に向かって、精一杯の笑顔を浮かべる。    坂下は背筋がゾクリとして、生唾を飲み込んだ。  沖田が広瀬を溺愛しているという噂は、おそらく本当なんだろう。  これが素のままの広瀬だというなら、天性の魔性だ。  さっきまでぼんやりとした普通の青年にしか見えなかったのに。  よくも番組オーディションで、広瀬の本性を見抜いたものだと思う。 「久住くん、広瀬くんの肩に手をかけて。ふたりはライバルって感じの、闘争心出してみて」  闘争心。  広瀬には最も縁のない感情。  隣にいる久住に対しても、不愉快ではあるけど、ライバル意識はない。  久住はモデルなんだから、負けて当たり前の相手だし。  だけど、沖田を想う気持ちだけは誰にも負けない自信がある。  できることは、カメラを沖田だと思って、微笑むだけだ。  揺るぎないの信頼をこめて、広瀬は笑顔でカメラを見つめた。  なるほどね。  闘争心と言われて、微笑む男はめずらしいな、と坂下は思う。  隣にいる久住のことを、ライバルとすら思っていないというわけか。  他人を自分の中に入れない広瀬の性格がにじみ出ている。  そうなると、ちょっとした意地悪心がわいてくる。 「じゃあ、ふたりでちょっと見つめ合ってみて」  広瀬はその日初めて、まともに久住の顔を見た。  闘争心がギラギラとしている、自分とは異質の人種の男。    ニヤリと笑みを浮かべて挑戦的な視線をぶつけてくる久住に対して、広瀬はやはりなんの感情も湧いてこなかった。  なぜこの男のことを、過去の沖田は好きだったんだろう。  顔がキレイだからかな、と見当違いのことを想像したりして。  でも、この男が別れてくれたから、今の自分の幸せがある。  ありがとうと言いたいぐらいだな、と思うと、クスっと笑みがこぼれてしまった。  パシャリ、と最後のシャッターが降りる。  勝負あったな……と坂下はカメラを置いた。  最大限の魅力を発揮してみせた広瀬の隣で、プロのモデルである久住は自分の良さをまったく出せていなかった。  こんな新人に食われるなんて想像もしていなかっただろうな。  ま、自分でわざわざ挑戦状を送ったんだから、仕方がないことだ。

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