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第24話 旅行気分

 休憩をはさんで、別の人の撮影に移るというタイミングで、沖田が顔を出した。  迎えにくるという約束だったからだ。  用事があったというフリをして、マネージャーの佐々木女史と話し込んでいる。 「あっ、翔。もう来てたの」  ぱあっとほころぶように笑顔を浮かべて、広瀬が駆け寄る。  ああ、今の顔も撮りたかったな……と坂下が残念に思うぐらいの満面笑顔だ。 「ああ、沖田さん。今、ちょうど広瀬くんの撮りが終わったところだよ。ラッシュ見る?」  坂下が撮影したばかりの画像をモニターに出して、数枚沖田に見せると、沖田は少し複雑そうな表情を浮かべた。 「隼人、お前いったい何を思い浮かべたら、こんな表情できるんだ」 「ナ、イ、ショ。俺と坂下さんの秘密だよ」 「いやあ、いい写真が撮れたよ。次のアルバムのジャケは、俺に撮らせてくれないかなあ」  なごやかに話しているところへ、久住が近づいてきて、沖田の表情がこわばる。  広瀬の様子を見る限り、撮影は滞りなく進んだようだが、久住は見るからに不機嫌そうだ。  嘘くさい笑顔を浮かべてはいるが、不満のあるときの久住の顔は見慣れている。 「翔、久しぶりだね。撮影現場に何か用事でも?」 「いや、別に。隼人に用があっただけだ」 「へえ。わざわざお迎えにきたってわけだ。広瀬が俺と仕事っていうのが、心配だったとか?」 「心配などしていない」 「そう? 俺たちが恋人だったこと、知られたくないんじゃないの? 新しい愛人にさ」  挑発するように久住は広瀬に目を向けるが、広瀬は相手をしないと決めている。 「お前と寝たことはあっても、恋人だと思ったことはない」 「結構身体の相性よかったじゃん、俺たち。またたまには誘ってよ。翔だったらいつでもオッケーだからさ」 「悪いが間に合ってる。俺は今幸せだからな。行くぞ、隼人」 「お疲れ様でした。お先に失礼しまーす」  広瀬は、坂下と久住の両方に軽く挨拶をして、沖田の後を追いかける。  やっと仕事が終わって、これから沖田とデートだ。  そのことしか考えていなかった。  その無関心さが、余計に久住の闘争心を煽っていたことなど、広瀬はまったく気付いていなかった。 「隼人、すまなかったな。嫌な思いをさせて」  駐車場で車に乗り込むと、沖田が申し訳なさそうな顔でため息をつく。  一瞬何を謝られているのかわからないというように、不思議そうな顔をした広瀬を見て、沖田は苦笑する。 「なんのこと?」 「久住は、お前に嫌がらせをしたりしなかったか?」 「全然。翔が来るまで一言も話してないし」 「お前は気にならないのか? 俺の過去の相手のこと」  沖田は、もし広瀬の元恋人が目の前に現れたとしたら、平常心でいられるか自信がない。  帰り際の久住は、明らかに広瀬に向かって挑戦的な態度で、沖田を誘ってきた。  当然広瀬も、嫌な思いをしていただろうと思っていたのだが。 「あの人が翔と別れてくれたから、俺、今幸せだもん。思わず心の中でありがとうって言っちゃったよ」  沖田は思わず吹き出した。  いつの間に広瀬はこんなに強くなったんだろう。  自分の方がよほどつまらないことを気にしていたと気付く。 「俺も、隼人に出逢えて幸せだ」  抱き寄せてキスをする。  この可愛くてたまらない恋人を、人の目につかないところに閉じ込めてしまいたいとさえ思う。 「今からどこか行きたいところはあるか?」 「翔は仕事ないの?」 「今日は帰るだけだな」 「じゃあ……ホテルに行きたい」 「ホテルって、どういうホテルだ? ラブホとかか?」 「違うよ! そういうんじゃなくって……」  広瀬が言いたかったのは、リゾート風の高級なホテルで、ちょっとお茶を飲んだり食事をしたりしたかっただけだ。  ふたりとも忙しくて、旅行に行けないから、少しでも旅行の気分を味わってみたかった。 「そういうことなら、ヒルトンとかハイアットみたいな、外資系のホテルがよさそうだな。どこでもいいか?」 「うん。俺は知らないから、翔にまかせる」  旅行気分を味わいたいという広瀬のリクエストで、沖田は成田空港近くにあるリゾート風のホテルを選んだ。  エントランスは緑に囲まれていて、天井の高い外国風のホテルだ。  カフェラウンジは成田を利用する旅行客が多く、談笑する外国語が行き交っている。 「南国にでも旅行に来た気分だ」 「今日は泊まれないが、近いんだからたまに泊まりに来るといいさ」 「そうしようよ。休みが半日あったら来れるよね」  今まで人目を気にして、あまり一緒に出歩くことがなかった。  こんなことでうれしそうにしている広瀬を見ると、もう少しどこかへ連れ出してやりたいと思う。  しかし、現実には、仕事でも絡めないと男2人旅は難しい。 「隼人は海外旅行をしたことがあるのか?」 「一度だけあるよ。友達とバリ島へ行った」 「じゃあ、パスポートは持ってるんだな?」 「うん。バリに行ったの、2年前だから」  うまく都合をつけたら、2泊か3泊ぐらいで近場の海外旅行ぐらいなら行けるかもしれないと沖田は思案する。  国内旅行は目立ち過ぎるが、海外なら記者に追い回されることもない。  とりあえず、今山積みになっている仕事を片付けて、次のレコーディングが終わったら、一度ゆっくり休みをとることにしようか。  そんな話をしながら、軽食をとって、自宅へ戻った。  

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