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第25話 スパイ

 久住は次の雑誌にのる写真を見て、歯ぎしりをするほど悔しい思いをしていた。  どう見ても、主役は広瀬にしか見えない。  隣にいてなぜ気付かなかったのかと思うほど、広瀬の表情はカメラマンの要望に応えていた。    それに比べて自分はどうだ。  ただただ、ライバル意識をギラつかせていただけだ。    メンズ・アンノウンはファッション誌だというのに、広瀬の特集を考えていると聞かされた。  久住が事務所に圧力をかけてまで広瀬を呼んだので、文句も言えない。  あんな地味な男に食われるなど、想像もしていなかった。  だけどな。  今に見ていろ。  お前ら、ふたりまとめて芸能界から追い払ってやる。    携帯で撮影した写真を眺めながら、久住はニヤニヤと笑みを浮かべる。  あの日、ふたりを追いかけて駐車場で偶然見た光景。  沖田と広瀬が車の中で熱烈なキスをしていた、決定的な瞬間を思わず写真に撮った。  これを週刊誌にでも売れば、またたく間にスキャンダルになるだろう。    以前久住と沖田もスキャンダルになりかけたが、その頃の沖田は今ほど有名人ではなかった。  今は違う。  あれから飛ぶ鳥を落とす勢いで売れた沖田は、今や業界の大御所だ。  その沖田が、オーディション番組で自分が指名した相手を愛人にしているのだ。  なんなら、広瀬が沖田に身体を売ってオーディションを勝たせてもらったという筋書きにもできそうだ。  沖田の愛弟子と言われている広瀬が、ゲイで愛人だなんて、最高のスキャンダルじゃないか。  それには、この写真だけじゃ証拠が弱い。  駐車場で写した写真は、少し暗いし、距離が遠かったのであまり鮮明ではない。  なんとかして決定的な証拠をとれないものか。  思案していた久住は、最近知り合った広瀬の事務所の後輩、三浦拓馬に電話をかけた。  先日の撮影で、広瀬と抱き合せで仕事を貰っていた、若手のタレントだ。    三浦は明らかに欲があって、俺と同じ人種だ。  仕事をもらうためなら、何でもするだろう。  それに、俺に憧れていると言っていた。  ちょっと抱いてやれば、その気になるだろう。  三浦の弱みも握っておけば、俺に逆らうことはできなくなる。 「おい、三浦。次のメンズ・アンノウンの表紙。お前を指名してやってもいいぞ」 「えっ! 本当ですか?」 「その代わり、ちょっと俺の頼みを聞いてほしいんだけどな」 「もちろん、何でも言ってください! 俺、何でもしますんで」  簡単に落ちたな……と電話を切って、久住はほくそ笑んだ。  三浦にとって広瀬は確かに事務所の先輩ではあるのだが、ほとんど交流はない。  三浦は最近広瀬と同じ事務所に移籍してきたが、先日の撮影まで広瀬と直接話したことはなかった。  モデルやドラマ出演が多い三浦と、ミュージシャン一本の広瀬とは、接点がなさすぎる。  それを、仲良くなって弱みを握れとは……    まあ、この業界、足の引っ張り合いだということは重々承知しているが、なんの恨みもない自分の事務所の先輩の足を引っ張ってもいいものか。  もし自分がスキャンダルをリークしたことがバレたら、事務所をクビになってしまうかもしれない。  前の事務所をトラブルで移籍した三浦にとって、今問題を起こすのはまずかった。  しかし、久住はモデル業界ではかなり力を持っている。  先日雑誌の表紙に広瀬を指名してきたのも、久住の力だった。  うまく取り入れば、久住の事務所に移籍できる可能性もあるんじゃないか。    それに、久住はバイだと聞いている。  ちょっとその気にさせれば、俺を優遇してくれるかもしれない。  三浦はとりあえず、何も知らない広瀬に接触してみることにした。    先日の撮影のときに、佐々木マネージャーの話を聞いていたので、広瀬のスケジュールは把握している。  同じ日に事務所に顔を出せば、話ぐらいはできるだろう。  数日後、三浦は広瀬が事務所にいる時間を狙って顔を出した。  広瀬の楽曲とタイアップを予定しているスポンサーとの顔合わせの日だ。  事務所へ行ってみると、広瀬は携帯をいじりながら、ひとりで座っていた。  誰かを待っているところなのだろう。 「広瀬さん! おはようございます! 先日はありがとうございました」 「先日は……ああ、三浦くんだっけ。お疲れ様でした」 「広瀬さんのおかげで、俺もメンズ・アンノウンの仕事もらえそうなんですよ」 「そうなんだ。よかったね。頑張ってください」  そっけない会話で、広瀬はまた携帯をいじり始める。  画面を見ながら、無愛想な広瀬が時折浮かべる微笑み。  誰と会話しているんだろう……と三浦は興味をひかれた。   「広瀬くん、担当者さんが到着したみたいよ」 「あ、すぐ行きます」  広瀬はいじっていた携帯を無造作にバッグのポケットに入れると、仕事用の携帯に持ち替えて部屋を出ていった。  バッグは三浦の目の前にある。  今なら閉じたばかりの画面は、まだロックがかかっていないかもしれない。  幸い誰もこっちの方を伺っている様子はない。  三浦は広瀬の携帯をデスクの下に隠すようにして中身を見た。  さっき広瀬が見ていた画面が、そのまま表示される。  

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