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第27話 ふたりの責任
めずらしく仕事用の携帯に沖田からメッセージが来たので、何事かと思って広瀬は飛んで帰ってきた。
電話では話せないと沖田が言うので、よほど重要なことだろうと思い、用事はすべてキャンセルしてタクシーを飛ばして帰った。
黙って写真を見せられた広瀬は、一瞬固まったが、すぐに微笑みを浮かべた。
「あれ、撮られちゃったね」
「撮られちゃったね、じゃないだろう」
「だって仕方ないじゃん。撮られちゃったものは」
「そうなんだが……」
「俺、もっと重大な話かと思ったけど、よかった」
広瀬は本当にほっとしたような顔で、ため息をついた。
「この写真が原因で、翔が俺と別れるなんて言わないよね?」
「そんなこと言うか」
「ならいいよ。俺、別に恥ずかしくないし」
「恥ずかしいとかそういうことではなく、もっと現実的な問題だな」
「例えば?」
オーディション番組のスポンサーからクレームがくるだろうし、広瀬がタイアップしているCMの企業からはイメージダウンの賠償金を請求される可能性もある。
広瀬が事務所とトラブルになれば、次のアルバムも出せなくなる。
「賠償金かあ……」
「まあ、そっちは俺がなんとかできるけどな」
「大丈夫だよ。俺、詳しく話してなかったけど、親父の遺産があるし」
「親父さんの遺産をこんなことで使うんじゃない。俺の責任なんだから、俺がなんとかする」
「ふたりの責任、だよね?」
「……そうだな」
恋人は対等だと、沖田は常に広瀬に言っていた。
十歳年下の広瀬の方が、よほどしっかりしているじゃないかと、沖田は自分を情けなく思う。
こんなことで、せっかくうまくいきかけていた広瀬の将来をつぶしたくない。
「翔、いつも言ってたじゃん。仕事より恋人が大事って」
「それは、時と場合によるぞ。生きていくのに仕事だって必要だろう?」
「俺ね、翔が選んでくれなかったら、今の仕事してなかったと思うし。事務所クビになっても、全然大丈夫だから。その時は、翔の付き人でもしながら、インディーズでイチからやり直すよ」
「インディーズか……まあ、そういう手もあるな」
「俺、大学に復学して弁護士目指してもいいよ。元はそのつもりだったんだし」
「そうか。弁護士になるはずだった未来を、俺が変えたってことか」
「そうだよ。今頃気付いたの?」
広瀬は沖田の顔を両手ではさみ、目をまっすぐに見つめて、クスクス笑う。
俺が守らなくても、広瀬にはいろんな未来がある。
それなら、恋人でいることだけを考えたらいいか、と沖田は決意する。
「佐々木さんに連絡するぞ。いいか?」
「うん、お願い」
沖田の電話でだいたいの事情を聞いた佐々木マネージャーは、すぐに沖田のマンションに飛んできた。
写真を見て呆れたようにため息をついたが、長年芸能マネージャーをやっている佐々木は、スキャンダルには慣れているようだ。
「これ、先日のメンズ・アンノウンの帰りですよね」
「あのスタジオの地下駐車場だな」
「わざわざ広瀬くんを指名してきたのは、こういうことですか」
「まあ、油断した俺が悪かった。申し訳ない」
沖田が平謝りに頭を下げているので、広瀬も隣で頭を下げる。
「とりあえず、こういうときはマスコミを避けるために、どこかへ避難してもらわないといけないんだけど……雑誌にのるとしたら、次の木曜か金曜の写真週刊誌のどちらかでしょうね」
「そうだろうな。まあ、遅かれ早かれどこかにのるだろう」
「うーん……この程度の写真一枚ぐらいなら、なんとでももみ消せるだろうけど。ただし、その場合、記者会見でふたりにはっきりと関係を否定し続けてもらわないと。プライベートで会うのも、当分厳禁。広瀬くん、できる?」
「できません」
広瀬は即答した。
ふたりの関係を否定することも、プライベートで会えなくなるのも無理だ。
そんなことをしてまで、続けたい仕事じゃない。
佐々木は、予想していたようにため息をつく。
「だよねえ。広瀬くん、嘘つけるタイプじゃないもんね。沖田さんはどうなの?」
「俺は……」
その時、目の前の沖田のパソコンの画面に、メールの新着通知の音が鳴った。
嫌な予感がしてメールを開くと、そこに添付されていたのは、沖田と広瀬のメッセージのやりとりだ。
はっきりと広瀬のプライベート用の携帯が写っている。
会話の内容は、ふたりが決定的に恋人同士だとわかるようなものだ。
その写真を見て、さすがに広瀬は顔色を変えた。
まさか、プライベートの携帯の中身を盗まれているなんて、自分のミスだ。
「隼人、この日付の日、何してた?」
「何って……その日なら事務所にいた。顔合わせで」
「その時なら、私も広瀬くんと一緒にいましたね」
あの時、三浦がめずらしく声をかけてきたのを、広瀬は覚えていた。
だけど事務所には他にも人がいたし、三浦は先日の仕事のお礼を言ってきただけだ。
三浦が犯人だとは断定できないけれど……
「ということは、内部リークですか。うちの事務所内に犯人がいると考えた方がいいですね」
「俺、ちゃんと携帯にロックかけてるのに」
「そんなのは、間近でお前が携帯を操作してるのを見たことがあるやつなら、バレるぞ」
だとしたら、三浦しかいない。
あの時、沖田とメッセージをしているのを、横で見ていたような気がする。
だけど、三浦に恨まれるようなことをした覚えはないのに。
「三浦があの時そばにいた。めずらしく話しかけてきて」
「三浦くん? 何の話をしたの?」
「先日のメンズ・アンノウンのことで礼を言ってきて。おかげでまた仕事がもらえそうだって」
「久住か……やっぱり」
沖田が苦々しげな顔になる。
話の流れでは、久住が三浦とつながっていると考えると辻褄が合う。
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