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第30話 沖田の実家

 同じ頃、会場の外では、沖田が記者に取り囲まれていた。  たまたま来ていた中継車は、こちらの方が面白そうだと、沖田にカメラを向けている。 「沖田さん、広瀬さんとの写真について、何か一言!」 「ああ、うまく撮れてましたね。ちょっとピンボケでしたが」 「広瀬さんが中で会見中ですが、何か広瀬さんに言いたいことは?」 「俺は広瀬を信用しているので、好き勝手に話せばいいです」 「広瀬さんを恋人だと認めますか?」 「そう思っていただいても構いません」 「オーディションで広瀬さんをえこひいきしていたのでは?」 「俺が気に入った人を選ぶオーディションだったので、えこひいきと言われるのは心外です。一番気に入ったから選んだ。それに何か問題でも?」 「オーディション合格を餌に、広瀬さんと関係を持ったのでは?」 「そんなことをする理由がありません」 「今後、広瀬さんとの関係をどうするつもりですか?」 「広瀬の望むままにしてやるつもりです」 「あなたとのスキャンダルが、広瀬さんにとってデメリットになるとは思わなかったんですか?」 「俺たちの間では、その話は終わってるんで。メリットとか、デメリットとか、広瀬との間にそんなものはない」 「沖田さんのファンの方に、言いたいことは」 「そう…ですね。俺は今幸せだってことかな」  会見を終えた広瀬は、裏口ではなく、正面玄関から姿を現した。  どこかで待っているはずの沖田から、記者の目を自分に向けたかったからだ。    少し離れたところに、記者やカメラマンの人だかりができているのが見えて、沖田の姿を見つける。  しつこくついてくる人を振り切って、広瀬は駆け出す。 「翔!」 「隼人!」  笑顔で沖田の腕に飛び込んできた広瀬を見て、周囲は引いた。  まったく屈託のないふたりの笑顔は、まるで仲のいい兄弟のようにも見えて。  お互いを少しも疑っていない姿に、声をかけられる雰囲気ではなくて。  人見知りで表情の乏しい普段の広瀬や、ストイックで厳しいことで知られている沖田の、プライベートな一面を見たと誰もが思った。 「行くぞ」  近くの駐車場まで思い切り走って車に乗り込んだ。  外でつかまっていた沖田は、広瀬の会見を聞いていなかった。  それでも、笑顔の広瀬を見ただけで、もうそんなことはどうでもいいと思えた。  後は、これからのふたりのことを考えるだけだ。 「どこに行くの?」 「ああ……逃避行の前にちょっと寄るところがあってな」 「逃避行するんだ」  どこへ行くのかも知らされていないのに、広瀬はうれしそうな顔になった。  面倒くさい記者会見を乗り越えたんだから、沖田が何かご褒美をくれるかもしれない、などと想像して。  連れて行かれたのは、古めかしい雰囲気の、お屋敷のような家だ。  表札を見て、それが沖田の実家だと気付いた。  表の駐車場には、高級そうな車が何台も停まっている。 「翔の実家なの?」 「そうだ。ちょっと用事を済ませる」 「俺、車で待っていようか?」 「一緒に来い。どうせもう、テレビで俺たちの会見見てるだろ」  手招きする沖田について、玄関に入る。  掛け軸が飾ってあるような、由緒正しい家のようだ。  中から女の人が出てきて、驚いたような顔をする。 「翔ちゃん。アンタまたなんかやらかしたの。さっきからずっとテレビに出てるじゃない!」 「悪い。ちょっと説明しにきたから。親父は?」 「奥の部屋にいるわよ」 「テレビ見てた?」 「見てたみたいよ。何も言わないけど」  出てきた女の人は、沖田の姉だった。  沖田の母親はすでに亡くなっていて、姉夫婦が父親と一緒に暮らしているのだという。 「あ…っと。テレビ見てたならわかってると思うけど、広瀬。連れてきたから」 「広瀬隼人くんね。知ってるわ。オーディションも見てたし」 「すみません、騒ぎ起こしてしまって」 「いいのよ。翔のやることには慣れてるから。どうぞ上がって」  追い返されるのではないかと心配したが、沖田の家族は案外寛容なようだ。  そうでないと、芸能人の家族なんてやってられないのかもしれない。  家族というものに慣れていない広瀬は、沖田の父親に合うのだと思うと、心臓が縮まりそうなぐらい緊張してくる。  応接間に通されると、奥から父親がやってきた。  いかにも厳格そうな雰囲気の人で、不機嫌な顔をしている。  まるで会社訪問でもしているように、広瀬は背筋を伸ばして沖田の隣に立っていた。 「まあ、座れ」  父親の言葉で、沖田と広瀬は向かい側に座った。 「親父、テレビ見てたよな?」 「状況がわからんから、仕方がないから見た。さっきから電話がうるさくてかなわん」 「広瀬隼人。俺の恋人だ」  紹介されて、広瀬はペコリと頭を下げる。 「また、ずいぶん若いのを連れてきたな」 「突然で悪いけど……俺はこいつと生きていくことにした。しばらく日本を離れるけど、心配しないでほしい。ほとぼり冷めたら帰ってくるから。迷惑かけるけど、記者連中とか、適当にあしらっておいてくれ」 「広瀬くん……といったか。ご両親や家族は」 「両親とは死別しました。兄弟はいません」 「そうか。翔、お前はきちんと責任とれるんだな?」 「大丈夫。こいつとなら」 「なら、何も言うことはない。こっちは警備員を雇っておく。それでいいか」 「助かる。しばらくすれば、マスコミも諦めるだろ」 「今日は泊まっていくのか?」 「いや、すぐに発つ。飛行機の時間があるから」 「そうか。たまには連絡を入れろ。生きてるのか死んでるのかわからん」 「わかったよ。じゃあ、ややこしい連中が来る前に、行くから」 「広瀬くん。きみはまだ若い。いいのか? 翔なんぞに人生かけて」 「大丈夫です。俺、沖田さんがいたらどこででも生きていけますから」  気難しそうに見えた父親だったが、言葉数が少ないだけで、沖田と似ていると思った。  心の中では心配しているんだろう。  できるだけ沖田の家族に心配をかけないよう、しっかりしようと、広瀬は気持ちを引き締めた。

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