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第3話

 大地の優等生ぶりが姿だと知っているのは、僕だけではない。  男女問わず、交歓を求めて醜い穴を差し出す性奴隷たち。  物理的な痛みを免れるために金品の搾取(さくしゅ)に応じる羊ども。  機嫌を損ねないようおどける道化、媚びへつらう下僕。  皆で寄ってたかって、大地の優等生の仮面を強固なものに仕立て上げていく。 「王様、どうかお恵みを!我らをお導きください」  大地の傍に集まってくる者たちは皆、愚鈍な民のように自ら服従を求め、今にも崩れそうな崖っぷちを歩かされていることにも気付かない。  大地はそんなやつらを護りはしない。気まぐれに手を差し伸べ、気まぐれに放置し、気まぐれに突き落とすだけだ。  それがわかっていながら、僕もまた黒い王の足元で平伏することを望む愚かな民なのだ。  その日の放課後はの予定があった。  裏組織のトップから死なない程度に精気を抜く。最近はヒトからの依頼が増え、こんなつまらない仕事ばかりだ。 「海斗、ちょっと」  さっさと帰ろうと教室を出かかったところに大地がやって来た。蒼空も一緒だ。 「なに?」 「図書室に戻しとけって言われた本が多くてさ、悪いけど手伝って」 「よくそんな面倒なこと引き受けたな」 「俺じゃねーよ」  大地が背後の蒼空を指差す。 「ごめんね」  蒼空は申し訳なさそうに僕を見た。 「蒼空なら仕方ない。手伝うよ」 「ありがと」  蒼空の頬に笑窪が浮かび上がると、まわりの空気がぱっと明るく変化した。  黒い僕まで白く照らしてくれそうな、優しく善なる無垢のヒト。  真眼で見ても、真綿のような白さと輝きを持っているのは蒼空ただ一人だ。傍にいると浄化されるようで居心地が好い。  でも、大地が感じている蒼空の特別さは、僕とは理由が違う。 「本当の俺は見せられないけど、蒼空を失ったらまともには生きられない。あいつは俺の良心だから」  大地は僕にそう言った。 「蒼空が助けてくれなかったら、俺は十二歳で死んでたわけだしな」  大地の言葉によって僕は深い傷を負い、その傷は幾度となくかさぶたが剥がされて癒えることはない。そこから噴き出す熱い血は、出口を求めて身の内で暴れ業火を放ち、僕を責めさいなむのだ。 ――違う!!!  そう叫べたら、どんなに楽になれることだろう。  だが言ってしまったら、僕は大地の友達でいることすら諦めないといけなくなる。  十二歳まで白く輝いていた彼に黒い種を植え付けたのは、この僕なのだから。  あの日、貯水池で溺れた大地を助けるために、黒い翼を持つ僕は自分の精気を与えた。 ヒトを蘇生させるほどの力が自分にあるか、当時はわかっていなかったのだが、口移しに精気を吹き込むと大地の心臓は動き出した。  僕が(よみがえ)らせたと思うとたまらなく愛しくなり、夢中で大地の唇を(むさぼ)った。そして、ヒトとして優れた部分の多い幼馴染への憧れが、激しい恋情に変わるのを自覚してしまったのだ。  我に返ったのは、僕たちを捜す蒼空の声が聞こえた時だ。  かなりの精気を失った僕は、異形の体をヒトに擬態できなくなっていたので、慌てて林の中に隠れた。  直後、蒼空が現れて、倒れている大地を発見した。大人に助けを求めて救急車を呼び、到着を待つ間、冷えた体をさすっているうちに大地は目覚め、蒼空に助けられたと思い込んだ。 「キスなんかしてない」  否定する蒼空は正しい。本当にしていないのだから。  だが大地は信じなかった。羞恥心から嘘をついていると決め付けた。  僕は、目の前で恋が育っていくのを、黙って見ているしかなかった。 「三人でいると昔みたいで懐かしいね」  本を抱えて図書室に向かう途中、蒼空が嬉しそうに言った。 「久しぶりに三人でどっか行くか?」  大地の声は優しい。  蒼空に向ける顔には邪悪な色などみじんもなく、優等生の仮面とも違う大地の姿があった。 「デートの邪魔しちゃ悪いし」  僕は冗談めかしながら断る。  見たくない。こんな大地の姿など。

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