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第15話 名前

 アルバイトを始めて一週間。  覚えたのは、立ったままできる洋服の畳み方と、アルコイリスの定休日は水曜日ってこと。  あとこんなに小さくて、別にコマーシャルとかしてるわけでもないのに、土曜、日曜は結構お客さんが途絶えない人気店で。俺はそんな店が毎日通っていた道にあるなんてちっとも気が付いてなかったこと。  本当に週末は忙しくて、商品整理のしがいがあって、平日はそこまで混んでいないけれど、レジを任せてもらえるようになった。  今はそのレジと、包装に悪戦苦闘している感じ。  大体フルで講義が入ってる。  だからその講義が終わると講堂を飛び出すように走ってアルコイリスに向かう。  寄り道はなし。  お店に辿り着くと、まず窓からちらりと中の様子を見て、初日、入ってしまった扉も通り過ぎて、裏手の「従業員専用」みたいな扉から中へ。  中に入ったらすぐ「バックヤード」って言われている倉庫兼控室に荷物を置く。  スマホの持ち込みは禁止。と言っても、そもそもスマホなんてそんなに使ってないから、それで困ることもないし、お仕事が終わって戻ってきたところでメールとかそんなに届いてないからあんまり気にはならない。  むしろ、あぁもう終わっちゃった、って。 「どう、慣れた?」  お店の閉店時間まであと十分。もうこの時間くらいにはお客さんが来ることはほとんどなくて、商品の整理を始めていることが多い。  俺は商品の整理と、義信さんはレジカウンターでデスクワーク。  この商品整理も早くできるようになって、最近は品出しも少しできるようになった。  これが結構楽しくて。  日本円で値段を張り替えたタグをつけて並べていくってだけなのに、なんでか楽しいんだ。ズボン、パンツっていうのか、その畳み方も結構慣れてきたんだ。普通の一般家庭とはぜんぜん違う畳み方で、魅せる畳み方っていうのかな。最初は難しくて、綺麗に揃えられなかったんだけど。 「はいっ慣れました! ……って、思うんですけど……どうだろ」  自分がそう思ったって、雇っている義信さんがそう思うかは別じゃん。って、言いながら気がついて、自信あり気に答えた返答がどんどん小さくなっていく。 「畳み方も上手だ」 「!」 「もう一週間だね」  そう、もう一週間。  でも、あっという間の一週間。  義信さんはレジカウンターのところに佇みながら、頬杖をついてこっちを眺めると、にっこりと笑った。 「汰由のおかげですごくこちらは助かってる」 「! ホントですか?」 「もちろん」  よかった。 「品出しもしてもらえるんだ。大助かりだよ。やっぱり覚えるのが早い」 「!」  やった。  嬉しくて、品出しをする手がもっと彼の役に立とうよって忙しなく動く。 「……わ」  そして、早く早くって急いていた手が止まった。  義信さんのお店は「セレクトショップ」っていうやつで、海外とか、国内の場合もあるらしいけれど、義信さんがいいなって思ったものを買い付けてお店に並べるっていうので。だから海外からのメールや電話もよくかかってくる。今、俺が品出ししているのはイギリスから輸入したものらしい。メンズの、服なんだけど。  すごい、面白い。  これってこっちが前?  こっちが後ろ?  あ、こっちが後ろなんだ。タグの位置でわかった。  Tシャツ。白い。模様はない。  でも後ろが二枚重ねになっている。着物の裾を合わせたように右左を重ねてあるだけで、風が吹けばはらりと揺らめいて涼しそう。  見えないのかな。  二枚重なっていて、縫い留めてあるのは襟口のところだけ。指でめくって仕舞えば背中が見える。 「やっぱりそれ、素敵だ」  その服で手が止まっちゃった俺を義信さんが眺めてた。 「……不思議な服です」 「そのデザイナー、面白いんだよ。服で遊ぶというか。デザインが個性的で気に入ってるんだ。値段も手頃だし」 「ホントだ」  確かに、値段設定が安い。 「気に入った?」 「ぇ?」 「それ、気に入った? 汰由にプレゼントしてあげるよ」 「え? いいですよ。そんな」 「すごく助かってるから。お礼」 「いえっ」  俺、レジカウンターにいる義信さんを見るのがすごく好き。 「汰由の服、清潔感があって、スーツも扱うようになったから、ちょうどいいんだけど」 「……」 「でも、せっかく汰由は首から肩のラインも後ろ姿も綺麗だからもったいない」  そこにいる義信さんはスラリと背が高く、姿勢がいいからかな。とってもかっこよくて。 「そのTシャツがとてもよく似合うと思うから」  まるでピアノの演奏をしているみたいに見える。 「でも、そんなっあの」 「店員さんって言うのはね」  その姿に見惚れてしまう。 「実は一番の広告になるんだ」 「……」 「動くトルソー。お店の服を上手に着こなして、お客さんに商品を紹介するっていう」  なんてかっこいい人なんだろうって。 「素敵だなって見惚れるよ」  俺はしょっちゅう見惚れてしまう。 「だから、うちの宣伝のためにそれ、プレゼント」 「……」 「次からは社割で買ってもらうつもりだから。その時はぜひ店に貢献してくれるかな」  一週間ここで働いて覚えたのは。 「は、はいっ」  立ってでもできる洋服の畳み方。  それからアルコイリスの定休日は水曜日で、明日がその水曜日ってこと。  だからその水曜日はちょっと残念で。  あと、覚えたのは。  義信さんの笑い方。  くしゃっとさせて笑ってくれるんだ。目尻に皺ができて、それがなんか、すごく柔らかい彼の人柄にあっているって思う。  あとね、覚えた……とは違うかな。  知った、かな。  そして、今、俺の中で躍っているこの気持ちの名前。  楽しい、怖い、嬉しい、悲しい。そういうのみたいに、この気持ちにも二文字の名前が。 「汰由」  たった二文字の名前が付いていること。  彼への、気持ち。

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