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第18話 ピンクなレモネード
連れてきてもらったのは和食のお店。
和食、中華、洋食、どれが好き? って訊かれて、和食って俺が答えたら、ここに案内してくれた。
入ってすぐ、カウンターがあるようなお店には来たことがないから、少しびっくりして、その様子に義信さんが小さく笑った。
お店はアルコイリスから歩いて十分くらいのところ。駅からなら歩いて五分くらい。こんなところに和食のお店があるなんて知らなかった。
うちの大学で飲み会とか駅近くの居酒屋になら行ったことあるけど、全然違う。
「汰由?」
「あ、すみませんっ、なんかすごいとこだなって」
「ここのコロッケがすごく好きなんだ」
「……」
「ソースが選べるんだけど、僕は……汰由? どうかした」
「あ、いえ」
なんか、可愛いって思っちゃった。
「?」
それを言っていいのかわからなくて、首を傾げている義信さんを見て、緩んじゃった口元を手渡してくれたメニューで隠した。
すごくさ、やっぱりかっこよくて。
案内してもらったのは個室なんだけど、四人でちょうど座れそうな個室に二人、テーブルの真ん中をスポットライトみたいに天井からの照明が照らしてる。その光が少しだけ義信さんのことも照らして、ドキドキするくらいにかっこいいのに。
コロッケ、なんて言うから。
「俺も、そのコロッケ食べたいです」
「もちろん。他は? 食べたいものがあれば」
「うーん」
嬉しそうに表情を緩めてくれるから。
「もし迷うなら適当に選ぼうか」
「あ、はい」
だよね。お腹、空いてるだろうし。是非って、言って俺はメニューをそこでパタリと閉じた。
「あと飲み物は……僕はビ、」
「義信さんと同じのがいいです」
「……」
「ビール、ですよね?」
そこで義信さんが渋い顔をした。
「俺も飲みたいです」
また、ちょっと渋い顔。
「俺、二十歳超えてますよ」
「そうだけど」
「飲みます!」
今度はちょっとだけ笑ってくれた。
笑って、テーブルにあったボタンを押して店員さんを呼ぶと、コロッケとそれからビール、他にも色々、注文をしてくれる。
手慣れた感じが大人で。
また少しドキドキする。
「……さっきの、友達、だっけ? 大丈夫だった?」
ひとしきり注文を終えると、テーブルに、組んだ腕を乗せながら、義信さんがそんなことを訊いた。
ちょうど、義信さんが控室に来たタイミングで珍しく俺がスマホをいじっていたから。普段はスマホをほとんどいじらないから気になったんだろう。
「んー、多分、電話来たの一回だけだし。それに何か大事な用事があれば電話折り返ししてとかメッセージに伝言書いてると思うんで。平気です」
「そう?」
しっかりと頷いた。
だって義信さんと食事ができるんだから。晶には申し訳ないけど、連絡は「後で」に後回し。
「大学の?」
「はい」
「医大生」
「はい。小学校からずっとそのままエスカレーター式なんで、幼馴染なんです」
「へぇ、じゃあ、将来は医者仲間?」
「あはは、そうなるかも」
「すごいな」
「……」
どう、かな。晶は確かに医者になりたいんだろうけど。
「俺はちっとも」
ポツリと呟いた、と、そこにビールだけが、小さな小鉢と一緒に先に到着した。
細長い形の。途中がウエストみたいに緩やかに細くなっているグラスに琥珀色のビールと、その上にふかふかに見える白い泡が乗っかっている。
「じゃあ、乾杯」
「はいっ」
ぺこりとお辞儀をして、それを飲んだ……けど。
「っ」
なんか。
……。
……。
まずい。
苦い。
……美味しくない。
なんか……うん……美味しく、ない。
「……」
テレビとかで見るとすごく美味しそうにみんな飲んでるのに。苦いっていうのとも違う。とにかく味が。
「……」
泡からして。
「……」
「……美味しく、なかった?」
「!」
気がついたら、義信さんが笑ってた。笑うの、堪えて、でも、やっぱり笑ってる。
「そっ、そん」
「いや、すごい顔したから」
「こ、これはっ!」
笑ってる。
「苦かったかな」
「違っ」
「いつもは何を飲むの? サワーとかは? ここには……あ、あった。レモンかグレープフルーツ、どっちかしかないけど」
笑われちゃった。
「い、いいですっ! 俺、ビール美味しいです!」
「うん。でもこっちの方が美味しいんじゃないかな」
また笑うの堪えながら、話して、でも、やっぱりまた笑ってる。
背伸び、したのに。
「へ、平気です!」
「そう? でも、ピンクレモネードだって書いてある。甘いみたいだよ?」
「え?」
レモン、なのに?
甘い、の?
「頼んでみよう。僕は甘いの苦手なんだけど、ちょっとこれは気になるから。汰由が飲んでみて」
顔にすごく出ちゃってたのかな。
義信さんは手で口元を隠しつつ笑いながら、店員さんをテーブルのボタンで呼んだ。そして注文してくれて。
しばらくして出てきたのは……。
「わ」
思わず、声が出ちゃった。
不思議な縞々模様の見たことないレモンがグラスの淵にちょこんって。
「すごいね」
「は、はい」
「どう?」
「!」
びっくり、した。
「ちょっと」
「?」
「甘いです!」
レモン、なのに。レモネード、だ。
「そう? それはよかった」
また笑った。
義信さんがまた今度は口元を隠すことなく、我慢することなく笑って。
「じゃあ、こっちのにがーいビールは僕が引き受けよう」
そう言いながら僕が一口だけ飲んだビールをグビって飲んで。
「うまい」
普段とても柔らかくて丁寧な言葉で話してくれる義信さんのその、少し乱暴な言い方に。
「お、汰由、コロッケも来たよ」
酸っぱくて甘いレモネードの香りが鼻先でした気がした。キュって気持ちがした……気がした。
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