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第21話 スーツの可愛い人、それは……

 またメガネかけずに来ちゃった。変に思われないかな。  なんて、そわそわするのは俺が下心があるからで、普通な気にしない?  相手も気にならない?  一人でそんなことを考えて。 「……」  ちらりと義信さんの方を見るといつもの場所でタブレットでお仕事をしていた。  かっこいいなぁ。  大人の男っていうか。  見てると、ついそのまま眺めてしまう。  それこそ、目が合うまで――。  その時、カランコロンって、扉のところの鈴が来客を教えてくれた。鈴音と同時に顔をあげる義信さんから俺は大急ぎで、見つめていたことが知られてしまわないよう、ぐるりと視線を回転、扉の方へと向けた。 「あら」  いらっしゃったのは……グレーヘアをふわりとさせた……おばあちゃん? おばさん?  高齢の女性。 「まぁ」  俺の顔を見てびっくり、してる。 「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」 「うふふ。海外に行っていたの」  義信さんの……知り合い? 「なるほど。それで、最近お見かけしなかったんですね」 「えぇ」  すごい。海外に、行ってたんだって。 「とっても楽しかったわ。でも、そんなしばらくこちらに寄らずにいた間に新しい方が入られたの?」 「えぇ」 「初めまして、こんにちは」 「こ、こんにちは」  常連さん、なのかな。 「あ、えっと、知咲汰由って言います。アルバイト、で」 「まぁ、汰由くん」 「は、はい」 「名前を教えてくださるなんて、とっても可愛らしい方」 「!」  あ、ダメ、だったのかな。フツーは名前って、アルバイトは名乗らないものなのかな。その婦人はにっこりと微笑みながら、じっとこっちを見てきて。俺は少し戸惑ってしまう。 「お若いのね。お肌がピッチピチ」 「い、いえっ」 「可愛いでしょう? 彼はいつも一生懸命やってくれて助かってるんです」  わ。 「最近、ぐっと人気になったものね。ここのお店。私がお買い物で支援する必要ないくらい」 「そんなことないです。ぜひ、ご愛用を」  二人の軽快な会話の途中に、ね、あの、今、ね。 「そうだ。素敵な日傘があるんですよ。もしよかったら広げてみてください」 「まぁ」  ね、今、俺のこと、義信さんが可愛いって言ってくれた。  可愛いって、言ってもらえた。  わぁ、って内心、小人の俺が胸の内で小躍りしてる。義信さんの言った「可愛い」に今、笑っちゃうくらいに胸のところでいっぱいはしゃいで踊ってる。 「あ、じゃあ、あの、俺、ぁ、僕、持ってきます」 「まぁ、ありがとう」 「いえっ」  ついこの間出したばかりで、今は窓際のところにあるから。 「本当に最近、忙しそう」 「そうなんです。僕がのんびり家なのもあるのかもですね。聡衣君がいなくなってちょっと困っていたところだったんです。僕はスーツには詳しくなくて、そのあたり、聡衣君に頼りきってましたから」  サトイって、誰だろ。前にここで働いてた人かな。  ずっと一人だったってわけじゃないんだ。 「聡衣君のブログ、私この間返信しちゃったわ」 「あはは、存じてますよ」  ブログ、やってるんだ。 「彼の、聡衣君の隣にいらっしゃった方、ハンサムね」 「少し映ってましたね。写真に」 「口元でハンサムってわかるわ」 「実物もすごくハンサムですよ」  サトイ、さん? 男、だよね。  なんだろ。彼氏がいる人? なのかな。そう二人の会話に明確なことは言ってないけど、なんとなくそうなのかなって。  前にここで働いてた人で、その人には恋人? がいる? 「私、お店にはあの子が来ると思ったの」 「?」 「たまにいらしてるでしょ? 可愛い感じの。聡衣君よりも背の低い、とにかく可愛い感じの」 「……」  誰だろ。可愛い感じの人? 「ほらほら、聡衣君よりもずっと前からよくここに来ていて。いつもスーツで、スーツなのに可愛くて」 「あ」  誰、なんだろ。 「彼がなると思ったのよ」  誰なんだろう。 「あぁ……彼は……」 「あら、ごめんなさいっ持ってきていただいてたのに、いやね、おばあちゃんって話が長くなっちゃうの」  そこでその会話が終わっちゃった。  その「彼」が誰なのか、どうしてアルコイリスの新しい店員さんにならなかったのか。そこは、わからなかった。 「今日もお疲れ様」 「あ、いえ……」  ずっと気になっちゃった。 「汰由」 「は、はい」  ずっと誰なんだろうって考えちゃった。 「明日は大丈夫だよ。ずっと出てもらってる」 「え?」 「頼りすぎだな、僕は」 「! そんなことは」 「でも、毎日来てくれてるだろう? シフトを組まなかったのが逆に良くなかった。休みにくかったね。申し訳ない」 「そんなっ」  そうだ。俺がお金に困ってるんだと思ってるんだ。あんなアルバイトをしていたくらいだからって。だからシフトを組まずに俺が働きたいだけ働かせてくれていた。 「まだ大学生だ。休みなのは店の定休日だけじゃ、友達と」 「平気ですっ!」  きっと考え込んでるのを疲れて元気がないと勘違いさせてしまった。気を遣ってもらってしまった。 「本当に平気なんです」 「…………本当に?」  コクコク頷いた。けれど、義信さんは心配そうにこっちを覗き込んで。 「大丈夫、です」  覗き込まれるとキュッと気持ちが身構えてしまう。  義信さんの瞳は綺麗だから。  メガネをしていないと、度が入っていたわけでもないし、サングラスでもないのに、メガネっていうガラスを一枚隔てているのといないのとでは、ドキドキの強さが違っていて。 「でも君は」 「課題も締め切りよりずっと早く出せてるし。ここでバイトしてる方がメリハリあるみたいで」 「本当に?」 「本当にっ」  違うんです。ただ。 「大丈夫ですから」 「じゃあ、用事がある時とか、休みが欲しい時は必ず言うように」 「はい」  ただ、気になったんです。「彼」がどんな人なのか。 「とりあえず今日はここでおしまいだ」 「……はい」  あの常連さんが言っていた、スーツなのに可愛い人が気になって気になって仕方がないんです。

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