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第22話 好かれたい
大学の学食は日差しがたっぷり入るようにガラス張りになっている。テラス席もあって今日みたいに天気が良くて暖かい季節になってくるとテラス席の方が人気になっていく。
俺はそんな日向でランチをしている学生をちらりと見て、屋内の端の席に座った。
今日は天気がいいから、義信さんは今頃お店の庭先の花に楽しそうに水でもあげてるのかな。
「……」
俺の前に義信さんのお店に入るんだろうって思われていたのは、どんな人だったんだろう。
スーツなのに、可愛い人って言ってた。
そんな人なんているの?
上手に話せない俺は自分から義信さんにその人のことを上手く聞き出すこともできなかった。
けど、常連さんはたまに来てたって言ってた。でもさ、常連さんって言っても毎日来るわけじゃないでしょ? それでも会ったことがあって、覚えてたくらいならきっとそのスーツなのに可愛い人も常連さんなんだよね。
それか印象に残っちゃうくらいに可愛い人、だとか。
どうして義信さんはその人を誘わなかったんだろう。
確かに一人でやっていくの、とても大変そうなのに。海外との時差があるから連絡がすごく難しくて、船便とか航空便とかなんか大変そうで。それから、そのサトイさんっていう人がやっている支店とのやりとりもあって、接客、品出し、お金のこととか。
すごく大変そうなのに。どうして――。
「あ、汰由、みっけ」
「!」
名前を呼ばれて顔をあげると晶がニコッと笑いながら、向かいの席に座った。
「いっただきまーす」
パンと手を合わせて、ペコってお辞儀をする。昔から変わらない気さくな晶は、大好物の唐揚げをパクッと一口で食べた。
「食べないの?」
「あ、うん」
「そーいえば! この前、どーしてたんだよー」
「え?」
「この前、電話したけど返事来たのすっごい遅い時間だったじゃん? 最近、忙しそうだし、でも、まぁ、なんていうの? 楽しそう」
「……ぇ」
「今日の服だってさ。イメチェン? 前の感じと違う」
「……ぁ」
今日は、アルコイリスで買った服だから。
「これは」
いくつか、買ったんだ。センスないけど、ないなりに、少しくらい見てくれだけでも良くなれないかなって。一枚で切られるTシャツとかなら、買えない金額でもないし。だから、あの、義信さんからプレゼントしてもらったTシャツ以外にも何枚か買っていた。
少しくらいは、その、おしゃれに……なれるかなって。
義信さんに、好かれるかなって。
「この前、汰由のこと、女子に聞かれた」
「えっ?」
「外部の子。汰由のこと好きなんじゃん。最近の汰由、ちょっと雰囲気変わったから」
「……違うよ。きっと」
そうかな。変わったかな。
もちろん大学ではメガネをしてる。義信さんに会う時だけ外していて、あとは普段通り。
「どうだろー。汰由は恋愛とかあんま興味ないかもって言っておいたけど」
「……ありがと」
「どういたしまして」
女子にモテなくていいけど、でも、そうなら……いいなぁ。
女子でもなんでもいいから、モテるくらいになりたい。モテるなら、少しくらいは義信さんにとっても魅力あるように見え……たりなんてないか。そんなのはさすがに無理、だよね。
「汰由さ……」
「?」
「……ううん。なんでもないっ。とりあえずたまには遊べ。もう毎日大学が終わった瞬間いなくてさ。どこ行ってんだよーって」
「ごめん」
「いいけどさ」
「来週の水曜なら……」
「水曜? オッケー」
晶は満足そうに、いつの間にか残り一つになった唐揚げを、同じく残り一口分になったご飯と一緒に口に運んだ。
「なんかさ、忙しそうだから、それこそちゃんと食べなよ?」
「あ、うん」
返事をすると、満足そうにスマホに水曜日って打ち込んでる。
「医者の不養生、なんて言うじゃん」
「……」
「まぁ、まだ医大生だけどさ」
「うん」
そして、まだ課題が残ってるんだよねって笑いながら立ち上がると言ってしまった。
「……」
雰囲気。
「……」
変わった、かな。
今日は、この間買ったばかりの服だから。半袖だから、初夏って言っても朝は少し肌寒かった。
なんだか元気な子どもみたいかなって思ったけれど。
素敵な色だったんだ。青空みたいな、海みたいな爽やかなブルーが綺麗で。襟のところが大きく開いてた。鎖骨がちょっと見えるくらい。それからポケットのところが黄色で、普段の俺なら絶対に買うことはないだろうけれど。
――このTシャツ、汰由に似合うと思うよ。
そう社員割引してもらって買った時、義信さんに言ってもらえたから、着たかったんだ。着て、見てもらって「やっぱり似合っていた」って言ってもらえるかなって思って。
だから、朝、大学に来るときは少し寒かったけれど。
このTシャツに似合いそうな羽織れるものを持ってなくて。生真面目な感じのカーディガンしかなくて。だからこれだけで来ちゃった。
でも外は晴れで、日差しも強いから暑そうだ。
だから、ちょうどいいよね。
少し長い前髪を指先で弾いて、目を伏せて。
「……」
似合ってるって。
言ってもらえるかもしれない。
そんなことを考えていた。
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