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第24話 恋の定休日は
「アパレルぅ?」
「う、うん」
晶がマイクを持ったまま大きな声を出すから、二人だけしかいないのに何故か返事の声がちっちゃくなった。
アルコイリスの定休日、約束した通り晶と大学終わりに駅近くのカラオケ屋に来てた。遊びっていっても大学の後でできることなんてそう多くなくて。課題もあっちこっちの講義から出されてるから。そう遊んでばかりもいられなくて、できても、夕食食べて、カラオケに行くくらい。
もちろん、カラオケで歌うのだって、晶しかいないからできる。歌うの苦手だし、上手くないし。人前で歌いたいともそんなに思わないし。だから全然、普段はこんなところ率先してなんて来たりしない。
来ても俺はご飯食べながら、晶の歌を聴いて、こんな歌が流行ってるんだぁって、のんびりするくらいで。
流行りの歌とかも詳しくないから。むしろ晶が歌ってるので知ってるだけってことも多い。歌手が歌ってる方を知らずに晶が歌ってた曲って認識しちゃってるのもあるくらい。
今日も晶が歌うことの方が多い。
「バイトってアパレル系だったんだ。どうりで最近オシャレだと思った」
「アパレルっていうと、なんか」
それだとなんかすごそう。
センス良くて、モテてそう。
別に俺はすごくないから萎縮してしまう。
でも雇ってくれてる店長の人はすごいよ。かっこよくて、背も高くて、お店は小さいけど一人で経営してて。小さいけどすごく人気で常連さんもいるし、ネットを見て買いに来るっていう人も多いんだ。センスもよくて、いつもシンプルな服を着てるのに、すっごくかっこいいんだ。きっとそこら辺の人が着ても味気ない感じになるだろうし、もしかしたら野暮ったくなりそう。けど、そうならない。
そんな人。
「っぷは、大絶賛じゃん」」
「そ、そりゃっ」
「ふーん」
返答をどうしようか迷っていると、晶はマイクを置いて、あと少しでなくなりそうなポテトに手をつけた。
「俺は品出しとか商品整理。例えば今、晶が想像したようなファッショナブルって感じのことはしてないよ。だから、アパレルって言われると、少し……なんか」
「そっか」
晶はパクりと長いポテトを一本口に咥えた。
「本屋とかかと思った」
「え?」
「バイト」
「あ……うん」
「けど、楽しいんだろうね」
「?」
「毎日、大学終わったらいっそいで帰るじゃん? きっとすごく楽しいんだろうなぁって思ってた。だから本屋じゃないのかもって」
そう?
「だって、汰由って本読むのすっごい嫌いじゃん」
「……ぇ?」
本、読むの、嫌い?
「そう?」
「そ。小学生の時、読書感想文いつまでもそれだけ残してたし。いっつも口」
口?
「への字にしながら読んでた。本、嫌いなんだなぁって面白かった。あそこまで嫌そうに読む子いないなぁって」
そ、そんなに?
「だから、本屋のバイトには走って行かないなって、けどコンビニとかでもなさそうだし、どこでバイトしてんだろーって思ってた」
俺、本読むの。
――楽しそうに何を読んでるのかと思った。
嫌い、なんだ。
――楽しそう、でした?
――夢中だったから。どんな医学書なのかと思った。
医学書なんて読むの大大大嫌いだよ。
けれど、あの時は夢中で、義信さんが来てたことにも気が付かないくらいで。ファッションの勉強、すごく。
「っていうか、汰由も一曲くらい歌えー」
すごく楽しかったんだ。
「全然、歌、上手いのにさぁ、汰由」
「上手くないってば。晶の方が断然上手い」
「いやいや、ほぼ原曲聞いたことなくて俺の歌だけで覚えて、あんなふうに歌えてたらすごいでしょ」
カラオケを出ると、少し耳が驚いていた。大都会の繁華街とは違い、大学の最寄り駅はすぐ近くに団地も
あるような住宅地で、ほんの少し駅前が賑わっている程度だから。
「あー、パンの匂いってやばいよね。お腹空いてきたー」
駅前、駅の改札口を出て建物的には繋がっているような作りの一角にあるパン屋さんからシナモン、かな、甘いけれど刺激的な匂いがした。今頃焼いてるって、結構遅くまでやってるのかな。ここのパン屋。あんまり意識したことなかったな。
「明日もバイトだっけ?」
「うん」
「よく働くなぁ」
「……うん」
「すっごいこき使ってくる店長とか?」
「違うよ。全然」」
そう、違う。一般的には明日バイトっていうのはきっと気が重くなるようなことなのかもしれないけれど、でも俺にとってはやっとアルコイリスに行けるって嬉しいことで。ようやく行けるって感じで。
「あー俺も課題溜まってんだ。汰由はすごいよね、もう全部出したんでしょ?」
「あ、うん」
「まぁ、じゃないとバイトなんて許されないよね。汰由のお母さんに」
「……まぁ」
「帰りますかー」
何時までなんだろう。ここのパン屋さん。シナモンの……。
「はぁ……汰由?」
シナモン。
「おーい、汰由? 帰らないの?」
「……」
「汰由?」
「! ご、ごめん! 俺、朝用にパン買って帰るから!」
「そっかー。俺、今日食べすぎたから明日はセーブしないと。そんじゃーね」
「うん!」
すごい偶然。
「また明日!」
彼が、いた。
義信さんが、パン屋さんにいた。
カウンターのところ。
ガラス張りのとこ。店内に背を向けるように、外を眺められるカウンターのところに義信さんがいて。それで、目が合って、義信さんがこっちを見て笑った。
笑って、席、立っちゃったから。
俺は大慌てで走っちゃった。
晶に手を振って、彼がお店を出てしまわないよう大急ぎで走った。
「こんばんは」
だって今日はお店が定休日で会えない日。
早く明日にならないかなぁって思いながら過ごす日。
だから偶然でもなんでも、そんな日に会えるのは嬉しくて。
いつもは「おはようございます」の挨拶のはずが、今日は仕事じゃないから「こんばんは」で。
「! こ、こんばんはっ」
声がひっくり返るくらい、嬉しかった。
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