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第36話 内緒のお話

 片想いなら、何度か、ちょっとだけしたことがあるけど。  でも付き合うとかか彼氏とか、恋人……とか、そういうのって自分には縁のないことだろうって思ってた。だから、そんな時に自分がどうなるのかなんてことも想像したことなかった。  好きな人と、恋人、はちょっと違うなんて、思いもしなかった。  なんというか、好きな人、ていうだけなら、その好きな人が誰を好きでも、「そっか」って思うくらい。その好きな人のところまで俺の気持ちは伸びていかないっていうか。  けど――。  恋人、の場合は話が違ってきて。  スーツの可愛良い、人。  甥っ子って言ってた。  エリートで、お姉さんのお子さんで。お姉さんとは年が離れてるって。海外生活が長かったから外国語が堪能なんだってことも教えてくれた。  本当に、ただの甥っ子。  この前、あまり話したりさせないようにしたのは、俺がエリートっていうものに苦手意識を持っちゃってるから。  確かにそんな話を義信さんにした。  ―― エリートとか、お医者さんとか、親がそう言うので。  優しい人だから、あの時のことを覚えていてくれて、それで気にしてくれていたんだ。  嫌な気持ちになったりしないように。  甥っ子。  そう言ってくれたけれど。  そう、なんだろうけれど。  でも、気にならないわけなくて。  だって。  だって、だって。  すごく可愛い感じの人だったもの。  それで義信さんってけっこう溺愛するタイプっていうか、俺みたいなのでもめちゃくちゃ可愛がるから、その、なんていうか、あのスーツの人、すごくすごく、ものすごく可愛かったから。  ああいう人はまさに可愛がられるタイプって感じで。つまり、可愛がり甲斐? みたいなのがある気がして。義信さんの好み、なんじゃないかなぁって。 「あの……こんにちは」 「いらっしゃ、!」  びっくりして、畳んでた服落としちゃうところだった。 「す、すみません……あの……えっと」  来店したお客さんにびっくりするって変、だよね。失礼だった、よね? ぺこりと頭を下げて謝ると、ものすごい大慌てでこっちに駆けてきて。 (だ、大丈夫ですっ、あの、あのですね)  声、小さい。 「は、い」 (!)  大きい声、出したらダメなのかな。  普通に返事をしたら、なんてことをって顔をして慌てて肩をすくめてる。 (すみません。私、国見義信の甥の、蒲田佳祐と申します) 「あ、えっと」 (!)  声、ダメ? 小さくないと、ダメ? (ここでアルバイトさせていただいている知咲汰由と言います)  声、大きいとダメっぽい。小さく、同じくらいのボリュームで名前を言ったら、安心したように、ニコッと笑ってくれた。  なんというか、見たこと、ある。  あれだ。  ハムスターとかウサギとか、あと、何? 小さな、ふわふわした小動物みたい。向日葵の種とかあげたら喜んでくれそうっていうか。 (医大生と伺いました) (は、い。あ、あの、義信さん、呼んできますか?) (ひぃぃぃぃ)  ひぃぃって、言われた。 (だ、大丈夫です! むしろ、いないのを見計らって伺いましたので) (は、い)  じゃあ、俺に用事? 医大生かどうか気にしてる、から、もしかして、怪しまれてる、とか? スーツの可愛い、佳祐さんだっけ、この人もすごいエリートで、エリート家系って言ってたから、もしかして、どこぞの怪しい素人アパレル未経験者なんかに務まるの? って思われて、たり? (私は医学は、その血とか全然無理だったのと、志が違っていたもので、全く無知なのですが) (は、ぁ)  本当に、医者になれるのか? って、思われて。 (私のいとこにとても著名な医者がおります) (はい) (義君も知っている従兄弟にも、とても優秀な脳外科がおりますし)  義君って呼ぶんだ。なんか、可愛い。 (もしもお勉強で困ったことことがあれば何なりとご相談ください) 「え?」 (!)  思わず、普通の声のトーンで返事をしたら、また慌てられてしまって。 (え?)  その聞き返した所から小さな声でやり直すと、ほっと胸を撫で下ろしてる。 (勉強応援しておりますので、どうかどうか、どうか、このお店辞めないでください) (え?) (義君があんなに嬉しそうにしているの、もう本当に珍しくて、きっと貴方様のおかげなのだと思いますから) (……) (ただ、それだけなんです。どうか、義君のこと宜しくお願いします)  スーツの、可愛い人。 (それでは! 私はこの辺りで! あ! こちら! 名刺です! 裏に個人用の携帯番号を書いてありますので。わからないお勉強のことや、他にもお手伝いできることがあれば何なりと。電話、出られない時は後から必ず掛け直しますので!)  え、なんか、名刺のとこの肩書きすごい。  ものすごい人、なんだ。 (それでは!)  確かに、とても可愛い人で。 (あ、あの、義信さん呼んで) (いえ! 僕はこれからデートなので、えへへへ、なので、失礼いたします)  わ、恋人いるんだ。  今の笑った顔、すごい。  それに、ずっと「私」って言ってたのに、今だけ「僕」って。 「あ、あの!」 (!) 「俺、義信さんのこと、すごく好きです。大好きです」 (……) 「大事に、します」  胸のところがキュッとして、背筋がピンと伸びた。 (……ぜひ、宜しくお願いします)  ぺこりと頭を下げて、その人がお店を出た。  わ。  すごい。走るの早い。 「汰由? 今、お客さんがいた?」 「あ……えっと」  バックヤードから出てきた義信さんが不思議そうな顔をして。 「はい」 「大丈夫?」 「はい! スーツの可愛い人がいらっしゃってました」 「?」 「義信さんの甥っ子の」 「! 佳祐? また、あれはっ、何か変なこと」  なんだろ。慌ててる。何か過去にあったのかな。大人の義信さんだから色々な恋をしてきたんだろうけれど。  ―― 義君があんなに嬉しそうにしているの、もう本当に珍しくて。  今は俺と恋をしてくれる。 「俺もあんなふうに可愛い人になりたいです」 「……」 「ちょっと高望みですけど……でも」  義信さんは俺の方をじっと見つめてから。 「そう? 汰由が一番可愛いよ」  そう言って、顔をクシャリとさせて笑ってくれた。

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