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第40話 大人と子ども
車、持ってるんだ。
すごい、なんか、大人だ。
うちまで送ってくれるって、車に乗せてもらった。
駅から歩いて数分のところのマンションだし、会社は反対の改札口を出て歩いて十分程度だから普段はあまり乗らないんだって。
だから久しぶりの運転で緊張するって言ってた。けどちっとも緊張なんてしてなさそう。ゆっくりと滑らかに滑るように走る車の中で、ちらりと見ると、ほら、緊張どころか楽しそう。
それに、ハンドルを握る手が、なんだかとてもかっこよくて。
つい、見惚れてしまう。
「窓、開けてもいいですか?」
「どうぞ。この季節だと夜は涼しくて気持ちいいよね」
義信さんはそう言って、俺が座っている方の窓を開けてくれた。
「風、冷たすぎない?」
「大丈夫、です」
むしろ涼しくて心地いいくらい。
ドキドキしてるから。
顔も熱いし。
だから、このドキドキが小さな、二人っきりの空間で勘づかれてしまわないように、窓を開けさせてもらった。
明日は、雨なのかな。
天気予報見てないけど、でも、夜風が半袖の腕に触れると、なんとなく肌がしっとりする気がする。
昼間、お日様が出て晴れたりするともう夏みたいに暑くなるけれど、雨の日は少し肌寒いと感じることもある季節で。夜がとにかく静かで過ごしやすい。
そう、最近気がついた。
今まで夜はいつもうちにいたから、気が付かなかった。
「やっぱり遊園地とかがいいかな」
義信さんがそうポツリと呟いた。
「デートの場所」
本当に考えていてくれたんだ。
「汰由はどこか行きたいところある?」
「あ、えっと」
開けた窓、外の風に触れるよう外に出していた手を引っ込めると、指先に風の感触が残っていて、少しだけ、ジンジンする。
その指先をきゅっと握って、デートで行きたい場所を考えてみた。
「どこか、ある?」
デートなんて、したことない。彼氏がそもそもいなかったから、当たり前だけれど。遊園地は晶に誘ってもらって、クラスメイトの数人で行ったことがあるのが最後、かな。だから、確かにそう行ったことがなくて、義信さんとなら行ってみたいけれど。でも――。
「遊園地は、あんまり、かな?」
なんだか、まるで子ども扱いされてるみたい。
「遊園地」なんて、きっと義信さんの今まで付き合ってきた相手とは行かないような気がした。
「ドライブ、がいいです」
だからそう答えた。それなら少し大人っぽいんじゃないかなって。でも、ドライブでどこに行くのか、とか、ドライブデートってどういうものなのかとかもわかってないけれど。
「それもいいね」
「あ、あと」
大人のデート、がいい。
大人のデート、って、あとは、えっと。
「や、夜景、とかっ」
「あぁ、それもいいね。汰由は初めての夜、ホテルから見た夜景、綺麗って言ってたから、どこか良さそうなところあるかな」
あ、覚えていて、くれたんだ。
すごい、嬉しい。
あの夜、あの一度きりだって思っていた、俺にとってはすごくすごく貴重で大切な夜。最低が最高に変わった、すごい夜。
「あ、あとっ」
夜景と、ドライブと。
「バーで! 食事とか」
「うん。いいね」
「あ、でも、そしたらお酒飲めない、ですよね……そっか……じゃあ、えっと、えっと」
「汰由の行きたいところ、どこでも、いくらでも時間がある限り連れて行ってあげる。バーも候補に入れておこう」
デートで行きたいところ、どこがいいんだろう。
遊園地、水族館、動物園も好き。でも動物園はそれこそデートっぽくないかな。じゃあ、他には、えっと、あとは……あとは。
スマホで検索すれば出てきそうだけど。今すぐには、大人がデートで行くような場所が思いつかなくて。
大人、っていうか。
義信さんの付き合いそうな人が行きたいと思うデートの場所がわからない。
「じゃあ、来週の週末にしょう」
「!」
「場所はドライブと、夜景の見えるレストランで食事。時間がありそうなら部屋も取ろう」
「いいんですか? あの、お店」
「そう今週は商品受け入れがあるからちょっと無理だけど、来週は特にないから。週末なら日中、親御さんの許可なくても大丈夫、かな?」
「! はいっ、平気、ですっ」
わ。
「じゃあ、そうしよう」
義信さんがふわりと笑って、運転している最中、ハンドルを握っていた手、片手をこっちへ。
「っ」
気持ち、い。
頬を撫でてくれる。
その指先に甘えるように首を傾げて、自分からその指先に擦り寄ると、楽しみだね、そう言って笑ってくれた。二人っきりのこの車内でしか聞き取れないくらいに、そっと、低い声で、そっと囁いて。
「教えてくれた住所だと、この辺りかな」
あとちょっと、そこの角を曲がれば、うちが見えてしまう。
や、だな。もっと一緒にいたい。
「……はい」
嘘ついて、まだまだずっと先ですって言っちゃいたい。
「あ、ここでいいです。ここの通りの先だから。四つめの屋根付きの駐車場のあるところがうち、なんで」
でもそれこそワガママで子どもみたい。
まだ一緒にいたい。
うそついて迷ったふりして、帰る時間を遅らせるなんて。
義信さんは明日もお店があるのに。俺だって、明日、一限目から講義あるのに。そんなこと言うのは子どもだから。
「あ、ありがとうございましたっ。あの、今日は、すごく」
「楽しかった」
車のドアノブに手を伸ばしたら、反対、運転席の方へと腕を引っ張られて、そのまま。
腕の中でキス、もらえた。
「僕もすごく楽しかった」
触れてすぐに離れた、優しいキス。
「もう少し一緒にいたい」
それは今、俺が言うのを我慢した、子どもみたいな呟きで。義信さんの、かっこいい低くて色っぽい大人の声が、そう呟いて。
「だから、デート、楽しみだ」
「……ぁ」
その日はもっとたくさん一緒にいられる?
義信さんのこと、たくさんたくさん、独り占めできて。たくさん、こうして。
「俺も、すごく楽しみ」
返事をした俺の声は、ひっくり返ってしまって、かっこよくなんてこれっぽっちもなくて、色っぽさも全然ないけれど。
「汰由」
俺の子どもみたいな返事に、顔を綻ばせながら、名前を呼んでくれた。その義信さんの表情が、嬉しそうで、はしゃぐ子どもみたいで。
「また、明日」
胸のところがキュッてなるくらい愛しくなった。
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