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第47話 踊るオルゴール
サークルとか、なんというか、そういう賑やかそうなのって無縁だったから、正直驚いちゃった。
高校生の時は受験で忙しかったし。
大学生になったからって、羽を伸ばして遊ぶ、とかあんまり考えてなくて。
でも、もう二十歳だし、お酒も飲める年齢だから、大学に入れば新歓コンパとかもたまにあったりして。けど、そういうのに参加するってあんまり考えなかった。
お母さんが心配するだろうし。
そもそも人付き合い上手くないから、そういうのに参加することが苦手で。
苦手なものにわざわざ参加して、お母さんの反応とか気にするのは面倒だから。それなら参加せずに、家に帰って、反応気にせず、日々淡々と……の方が楽で。
でも、普通は大学生になったら、そういうのって参加するのかな。サークルとか、入るのかな。
晶はサークルは入ってない。
けど、夜に食事会とか飲み会は参加してる。
大学生って、そういうのって――。
「サークルかぁ」
「はい」
義信さんも参加してたのかなって。
「大学生っぽいなぁ」
大学生の義信さん。
お仕事中に私語はダメだけれど。もうお店は閉まった後だったから、ちょっとだけ訊いてみても大丈夫かなって思ったんだ。
今日はお母さんが家にいて、晩御飯を作ってくれてるから帰らないといけないし。話せるのって、この片付けの時間くらいだったから。おうちに帰ってからメッセージ、とかのやりとりでそんなの訊くと、迷惑かもしれないでしょう?
スマホをあまり使わない義信さんに、スマホ使わせてお話ししてもらうっていうのは、多忙な様子を知ってるからできなかったんだ。
「やってたんですか? サークル」
どんな大学生だったんだろう。
間違いないのは、絶対にかっこいいんだろうなってこと。すごくすごくモテそうってこと。
「んー……海外だったからなぁ。寮と大学、それから資料室の行き来をするくらいで。あ、でもボランティアとかはしてたし。スポーツもやってたよ。色々やってみたいことはやってみようってタイプだったから」
わ……って、そう思った。
やっぱり、モテる人だ。
それに思っていた以上に、もっとずっとすごい人で、ちょっとびっくりしちゃった。海外、住んでたんだ。
「でも基本的には適当、だったよ。汰由は器用だけれど、真面目だから」
こんな人に、俺って。
「サークル、興味あるの?」
「あ、いえ」
頬をそっと指の関節でなぞるように撫でられて、キュッと肩をすくめて俯いた。
俺って、こんなすごい人に、その、つまり、好きになってもらえたんだって。
それって、すごいよ。
「同じ大学の人に、サークル入らない? って勧められて。英会話のサークルらしいんですけど。なんか、そういうの誘われたことないからびっくりしちゃって」
「……」
「俺、英語、全然だめだし、でも、考えたら義信さんのお手伝い、できますよね」
そこまで考えてなかった。
英会話サークルって言われた時には、声かけられたことに驚いちゃって思いつかなかったけど。
でも、英語話せたら義信さんのお仕事のお手伝いがもっとできるじゃんって。
「声、かけられたの?」
「はい。入りませんか? って」
「女の子?」
「あ、はい」
「いや、でも、性別どっちでも……」
「? 義信さん? けど、英語サークルだったら、俺、もう一回、」
「大丈夫っ」
「!」
びっくり、した。
義信さんって、あまり、というかほとんど大きな声を出す人じゃないから、大きな声に驚いちゃった。
サークルのこと聞いてみようかなって思い直したとこだった。
義信さんの手伝いになれるならやってみたい。
いつも電話の取次くらいしかできないでいるのもどかしかったから。
「英語なら僕が教えるし」
「あ、けど、それじゃあ」
ダメでしょ? 義信さんの手伝いがしたいのに、義信さんに教わっていたら、負担が増えるばかりで、意味、ない。
「とりあえず、英語は話せなくてもお医者さんになれるし。汰由がどうしてもサークル入りたいなら止めない、かもしれないけど、でも、サークルは、そうだな」
「……」
「あまり多忙になりすぎても、汰由が心配だ。細いから。倒れたりしたら」
「…………っぷ」
義信さんが困った顔、するの、好きなんですって言ったら怒られるかな。でも、だって、すごく珍しくて。いつでも完璧な人だから。そんな人が困ったり、焦ったりするのって、すごくすごく愛おしく感じる。
「笑ってる場合じゃないよ。汰由、君は」
「?」
笑いながら首を傾げると、腕を掴んで引き寄せられた。そのまま懐に抱き締められて、まるで、社交ダンスでもしているみたいに、ふわり、くるりってお店のフロアでターンして。
ダンスなんてしたことがない俺は、義信さんにリードしてもらうまま、見えない透明な操り糸で動かしてもらったみたいに。
「…………」
オルゴールの上で踊るお人形みたい。
ほら、あの人形も、踊りながらキスをするでしょ?
今みたいに。
「とても魅力的なんだ」
「……」
ダンスをするようにキスをして、そっと瞼を開けると、義信さんが眉をわずかに上げて笑った。
少し困ってそう。
少し楽しそう。
「汰由が可愛いとバレてしまって焦るひとまわり年上の彼氏に笑っていいから」
「っ」
焦る、の?
俺のことで、焦ってくれたり、するの?
「ライバル出現に大いに焦って、お店の中でセクハラする大人の余裕ゼロの彼氏だ」
「そんなことっ」
「呆れられないことを祈るばかりだよ」
「呆れませんっ」
ここなら、見えない、かな。
見えない、よね?
「……」
だから、そっと踵をあげて、つま先で立ちながら、義信さんの腕にわずかに掴まりながら。
キスをした。
「嬉しい、です」
「……」
「義信さんに、その、ヤキモチやいてもらえた……の」
違っていたらとても恥ずかしいけれど。ひどい自惚れ屋みたいだけれど。でも、きっとそうでしょう? きっとやきもち、してもらえた、でしょう?
「汰由」
「?」
「あんまり困らせないで」
「! す、すみませんっ、あのっ」
「今日は帰してあげないといけない日、だっただろ?」
そう言って抱き締めてくれた腕が力強くて、嬉しくて、もっとしっかり掴まるように俺もその腕にしがみついた。
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