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第48話 水曜日
水曜日って、一般的にはどんな気分の日、なんだろう。
金曜日は、ほら、週末の前日だから少しワクワクしたり、羽を伸ばしたくなる感じがする。無駄に夜更かししちゃったり。翌日が学校だったり仕事だと、少し寝る時間だって気にするでしょう?
じゃあ、水曜日は?
週の真ん中くらい。
あと半分だ。頑張らなくちゃ。なのかな。
もう半分だ。なのかな。
俺にとっては水曜日になっちゃった。
残念。
そんな気持ち。
「はぁ、終わった。水曜のラストの講義、俺苦手なんだよなぁ」
晶がそういって、とても疲れていると肩を落として、テキストとタブレットをカバンに詰め込んだ。
晶にとっての水曜日は、実習が組まれてる一番苦手な曜日らしい。
俺は別に大学のカリキュラムはどれでも同じように淡々と、学ぶだけ。
俺にとっての水曜日は。
「水曜日は、汰由はバイトないんだっけ?」
「うん……ないよ」
残念って気持ちになる曜日。
義信さんに会えない曜日だから。
アルコイリスの定休日。それ以外はあそこに行けば義信さんに会えるけれど。水曜日はお店が休みだから会えない。
今まであったことないんだ。
だから会いたいけれど我慢しないといけない曜日。
流石に、他の六日間は全部会えてるんだから、それで充分、でしょ?
本当に毎日毎日なんて、普通は合わないでしょう?
そういうものだって、よく聞くんだ。
大人の義信さんは俺よりずっと忙しいし、世界も広いと思う。
「じゃあ暇じゃん。どっか寄ってこーよー」
「うーん……」
それに、毎日会ってたら、飽きられてしまいそう。何にも知らない俺は義信さんを楽しませる方法も知らないから。そんな毎日会ってたら飽きちゃうでしょう?
「あ、けど、今日、デート?」
「え?」
「ほら、だって、バイトないじゃん。だからデートかなって」
「あ……」
晶には付き合ってる人がいるって知られちゃったけど、同性ってことは言えてないんだ。洋服屋さんで働いき始めたことと付き合ってる人がいることは、別々のことにしてる。
「デートじゃないの?」
「ううん。違う」
「そうなんだ。でもそうだよねぇ。お互いにそれぞれの時間って必要だもんねぇ」
「……」
ほらね。そうなんだ。
きっとそれぞれの時間も必要でさ。義信さんにはその時間が多分必要なんだろうって思うし。
だから、水曜日なんて早く通り過ぎちゃえばいいのにって。
「あ、あの、知咲君と晶君」
振り返ると、女子がいた。
「あ……英語の」
「あ! うん! そう!英会話のサークルの」
あの時のって覚えていたことに、彼女はパッと表情を明るくした。
「あ、あのねっ、今日、サークルのみんなで食事会なんだ。レストランとかで日本語禁止でご飯したりとかするんだけど、一緒にどうかなって。晶くんと二人でどうかな」
「あ、えっと……」
「もちろん! 知咲君は英語オンリーじゃなくていいの! こんな感じなんだってわかってもらえたら」
英語は確かに覚えたいって思ったけど。
「どうかな? 一緒に」
「あー……俺は構わないけど。汰由は?」
「あ、俺は……」
参加したら、上手になれるかな。上手になれたら、義信さんの手伝いに……。
「ぁ……俺」
「うんっ!」
コクン、って彼女が大きく首を縦に振ろうとした。その時だった。
――ブブブブブ。
それを遮るように、テキストブックとノートの間で、カバンの中のスマホが振動した。
「ごめんっ電話」
スマホにかけてくるのなんて、親か晶くらい。そして、晶は隣にいて。じゃあ、大体は親なんだけど。
「!」
でも、スマホに表示されたのはお母さんじゃなかった。
「も、もしもしっ」
電話をかけてくれたのは義信さんだった。
『ごめんね。大学、終わったかなって』
「! はい。終わりました。あの、何か」
わ。すごい義信さんだ。けれど、電話なんて珍しい。俺、何かしちゃったのかな。昨日、残したお仕事はなかったと思うし。でも何かやり忘れていて今からできないかな、とかだったらいいのに。
『今日は、汰由は忙しい?』
どうしよう。
その質問に期待してしまう。
『用事があったら全然気にしないでいいんだけど』
ほら。ほらね、すごい期待しちゃってる。その次の言葉は? って。
『もしも用事がなかったら』
嬉しくて飛び上がりそうだ。
『今日、この後、会えないかなと思って』
飛び上がって、踊って、走ってしまいそう。アルコイリスも通り過ぎて、駅の改札口も素通りして。そのまま駅から歩いて五分の、義信さんのいる場所へ。
「はい!」
ほら、だから声がすごく大きくなった。
嬉しくて嬉しくてたまらないって声で分かっちゃうくらい。
『じゃあ』
今、行きますって言おうと思ったの。走って行くからすぐに着きますって。
『ごめん』
けれど、声色でも分かってしまうくらい嬉しそうな俺の返事に義信さんは笑ったりせずに、少し困ったような声で謝ったんだ。困った声の背後には外にいるってわかる雑多な音。車の音とか、騒いでる誰かの声。
『今、汰由の大学の前にいるんだ』
外にいるのは分かったけれど、すぐ近くにいるの?
『会えるかどうかわからないのに迎えにきてた』
なんだか急に貴方の声がすぐ近くにある気がして。
「今っ、行きます!」
水曜は、晶にとって苦手な実習のある曜日。
彼女にとってはサークルのみんなで日本語禁止で食事会をする曜日で。
俺にとっての水曜日はこの一瞬で、一週間の中で一番好きな曜日になった。
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