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第49話 宅飲みデート、ならず
びっくり、した。
「義信さんっ!」
思わず、駆け出しちゃった。
晶にはごめんって謝った。また今度ね、って言って笑ってた。
あの英会話サークルの女子にはちゃんとサークルのこと断ってきた。アルバイトもしてるし、勉強もあるからサークルに加入は時間的に難しいですって言って。
それからバイバイってその場で分かれて、大学の門のところまで走って。
「ごめん。まだ色々してたかな」
「いえ!」
わー。
そう、胸の内で何度も叫んでる。
だって、うちの大学のところに義信さんが立っていて、俺のこと待っていてくれたんだ。
「あのっ」
「デート、できないかなって思って」
できますって、百回くらい言いたかった。
だからとても大きな声で、一度だけ「できます。ぜひ」ってお辞儀をした。
また、「わー」を百回くらい胸の内で叫んでる。
「んー、何にしようか。汰由は和食好きだから……簡単で手早くて」
義信さんが迷いながらカートに乗せたかごの中へ野菜とお肉とお刺身を入れていく。
おうちで手作りでご飯にしようって言ってもらえたんだ。お店も好きだけど、義信さんが連れて行ってくれるお店ってどこも美味しくて楽しいけれど、これっていわゆる「宅飲みデート」でしょう?
何だかすごく、すごく、親しい間柄っぽい。
いや、親しい間柄なんだけどさ。
付き合ってるんだし。
「汰由? もう飲んでるの?」
「へ?」
パッと顔を上げるとそこはお酒売り場だった。食材がたくさん入ったカゴを乗せたカートは最後の最後、お酒の場所へと辿り着いたとこ。そこで顔が赤いからもう飲んでるのかと、なんて義信さんが笑ってる。
「どうする?」
「! 飲みます!」
「じゃあ、美味しそうなの自分で選んで、好きなだけ入れていいよ」
「義信さんは何にするんですか? お酒? ビールですか?」
「今日は……ワインにしようか」
わ。すごい。大人だ。
「この前常連さんに教わった、ゴマだれのしゃぶしゃぶサラダにするから……白がいいかな。さっぱりしてるし」
赤ワインにするのか、白ワインにするのか、そのルールも俺にはわからないけれど。ラベルが素敵なワインを一本カゴに入れた。
「汰由は? どれか決めた?」
「ワインがいいです!」
そう答えると、眉を上げて、ちょっと考えてから、それともう一種類甘いのも買っておこうって。
きっとまたビールみたいなことになるって思ってる。
でも、確かにビールは……美味しくなかったから、そこはおとなしく、美味しそうな。
「ピーチ?」
「はい。美味しそうって」
「オッケー」
唇の端をキュッとあげて、義信さんが笑ってた。笑って、そして、ワインの隣に、みずみずしい桃のデザインが描かれている缶を一つ並べておいてくれた。
「あそこのスーパーもよく行くんですか?」
「もちろん」
なんか二人でキッチンに並んでるのって、くすぐったい。
「汰由もよく使ってた?」
「はい。お昼をあそこで買うこともあるし、お母さんに買い物頼まれたりとか」
「今日はお母さんの用事平気?」
「はい! ちゃんと連絡しておきました」
ただ話してるだけ。普通の会話。友達とだってするような他愛のない会話。それなのに義信さんとしていると、そのただの普通の他愛のない会話に、指先がほんのりあったかくなるように感じる。頬も少し熱くて。それから、自分でも笑ってしまいそうになるくらい、声がさ。
なんか、高くて、はしゃいでる。
「そう」
ただの会話。
けれどその会話の返事みたいに、義信さんがキスをした。
ただお話してただけなのに、ふと、本当に自然に唇で、唇に触れた。
「飽きられそうって思った」
「……え?」
「汰由には友達との付き合いもあるだろうし。家族との時間だって大事だろう?」
「……」
「だから定休日くらいは会わずにいようと思ってたんだけど」
それは、俺だよ。そう思ってたのは俺の方。
「つい。女の子たちの人気者になった汰由がとられそうで」
「!」
「やきもちやきの子どもみたいだな。自分でもそう思う」
大人で、お仕事だってちゃんとしていてなんだってできてしまう、かっこいい義信さんだもの。
友達とかもたくさんいるんだろうし。いっつも俺みたいなお酒も一緒に楽しめないような俺じゃ退屈な時とか、あるんじゃないかなって。
だから、一日くらい会えなくたってって。
「して、欲しいです」
「……」
「やきもちも、べったり、くっつく……のも」
一日くらい会えなくても、我慢しなくちゃって。
「くっつき、たい……です」
そう言って、ちょっと指先のこそばゆさに頬が熱くなるのを感じながら、肩から腕を、隣で料理している義信さんにくっつけた。
ピッタリ、くっつけた。
「まいったな……」
「?」
「ちゃんと、送るから。ワインはまた今度にしよう」
「え? なん、」
宅飲みデートしたかったのに。
「車で送った方が早く送り届けられる」
「……」
「ちゃんと家の近くまで。だから、食べ終わったら……」
そして、キスをする距離で俺にしか聞こえない声で、そっと囁かれて、その言葉ごと口移しで流し込まれちゃうようなそんなキスをくれた。
とろけるキス。
「……して、ください」
そのキスにふわりって、今度は俺が、義信さんに触れながら、そう囁いた。
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