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第55話 ブログ

 今日ならご飯くらい一緒にって思ったのに。  用事があるなんて、さ。  なんて、まるでワガママを言う子どもだって思うけど。でも、だって。  残念だったんだもの。 「ただいま……」  晶に笑われた膨れっ面はしないようにって思いながら、それでもどうしてもむくれる気持ちを抑えて、うちに帰って。 「? お母さん?」  いない、の? 「……」  返事のないリビングに、えええ? って、小さく言ってしまった。  今日、お母さんもいないの?  日勤で、たしか今日はそんなに遅くならないはずじゃなかったっけ?  いないの?  それなら、本当に遅くても良かったじゃん。 「んもぉ……」  不満いっぱいな声が零れちゃった。  捻くれそうになるけれど、こういうところがきっと子どもっぽい、とかじゃなくて「幼稚」ってことなんだろうと、気持ちを切り替えることにした。もう仕方ない。どっちにしたって義信さんは今日用事があるんだから、会えなかったんだ。  夕飯、多分作るんだよね?  作っておこうかな。  ――自炊はするよ? たいそうなものは作れないけどね。  義信さんがご飯作ってるところすごくかっこよかった。ああいう人を「大人」っていうのなら、俺はまだまだ子どもだ。  自活、なんてしたことないんだから。 「えっと……ご飯は……」  何合くらい炊くんだろう。最近は勉強があるでしょう? って言われて、やらなくなっていたけれど、小さい頃はやってたっけ。これも社会勉強だって言って。あの時は……確か二合と半分とかだった。 「三合でいっか」  それからお味噌汁も作っておけばいい? 「あれ? お味噌、かき混ぜるのってどこだっけ」  前は何か、それ専用のがあったはずなんだけど。その在処もわからない。 「おかずは……」  あんまり作ったこと、ないなぁって。  とりあえず辿々しい手つきでお米を炊飯器にセットして、お味噌汁をちょっとしょっぱくなったけれど作って。気がつけば、あと十分もすればご飯が炊き上がる。そしたら炊き立てのご飯をかき混ぜて。 「……ふぅ」  炊き上がりまであと数分。そこを自分の部屋のあると二階を行き来きするのは面倒だなぁと思って、ダイニングテーブルのところで待つことにした。  まだ誰も帰ってきていないから、何も乗っていないテーブルの上に突っ伏した。 「……」  やっぱり暇で。今、六時半。アルコイリスにいたら、まだちらほらお客さんはいるころかな。一通り商品の整理整頓が終わった頃かもしれない。 「……あ」  そこで、ふと、思い出した。  聡衣さん、ブログやってるんだっけ。  更新とかしてるかな。  どうしてるだろうって、ふと気になった。テーブルのいつもの席に腰を下ろして、ポケットに入れたままになっていたスマホで探してみた。アルコイリスって入れて、支店のある場所を入れて、検索した。 「あ!」  すぐに出てきた。  何度見ても、やっぱり美形な人だなぁなんて、呑気に眺める。女性っぽいわけじゃない。ちゃんと男性なのに綺麗って言葉がぴったりなんだ。たまに写真を載っけてくれてる。もちろん新商品のことも。記事は雑談だったり、お店に入荷した商品の説明だったり。特に、コレと決めずにいるところが聡衣さんっぽいなぁって。  そんな記事の一つに思わず声が出たんだ。すごいニュースだったから。 「すごっ……」  それは聡衣さんの一番最近のブログ記事。 「これって……」  ――こんにちは! 明日はお店の方をクローズさせていただきます!  そんな一文で始まっていた。  定休日、とか?   でも違うっぽい。  ほら、これ。  ――すっごく緊張しております! 実は、明日は実家に行くんです! なんて、ものすごいプライベートな記事になります。  あははって、感じの絵文字が入っていた。  緊張? って?  ――アルコイリスはホーム、みたいなものだから、ここで常連さんもできて、とても受け入れてもらえているから。 「……」  ――久しぶりに実家に帰ります。  ずっと、帰ってなかったんだ。忙しくて? それとも何か他の?  ――大事な人を、大事な、たった一人で俺を育ててくれた母に紹介するんです。 「!」  それって。  ――なので、今、心臓が持ちそうもないけれど。  聡衣さんは恋人、男の人、だ。  ――もしも、またそのうちブログに記事があがっていたら、心臓がもったんだって思ってください。  家族に、お母さんに紹介するんだ。 「……わ」  同性の恋人を家族に、なんて。 「……すごい」  写真が載っていた。聡衣さんも、その相手の人も顔は出ていなかったけど。ぎゅっと手を繋いだ写真が載っていた。  同じくらいに大きな手。  なんとなく、こっちが聡衣さんの手かなって思うけれど、それでもどちらも男性って感じの手。  ブログには大事な人を大事な家族に紹介するとだけ書かれていた。性別は書かれてなくて、でも、すごく緊張しているってわかる聡衣さんの綴る言葉一つ一つが嬉しそうで、幸せそうで。  あるんだ。  そう、思った。  そういうことってあるんだって。  手しか写ってない写真だけれど、でも、その時、聡衣さんがどんなふうに笑っているのか想像できた。  想像したら、自然と俺も口元が緩んじゃった。  緩んで、ふわりって。 「……義信さん」  そして、彼の、触れると心がほぐれるような、優しく笑ってくれる、あの笑顔にとても触れたくなった。

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