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第58話 雨のち晴れ

 水曜日はちょっと前まで退屈な曜日だった。  だって、義信さんには会えない曜日だったから。アルコイリスの定休日だなぁって、年中無休のお店ってけっこうありますよーなんて、実は思ったりもして。そしたら義信さんが休みなくなっちゃって大変だけれど。  会いたい気持ちばっかりでワガママなことを思っていた。  それからしばらくして、水曜日が大好きな曜日になった。  早く大学終われーって願いながら、日中を過ごしてた。そして夜はあの人を独り占めできる。最高の曜日。  そのあと、退屈と我慢の曜日になった。家で「良い子」にしていないといけないと思い込んでいたから。  そして、今は――。 「あ、もしかして、おばさんから承諾もらえた感じ?」 「晶」 「っぷははは、すっごいわかりやすい。デートなんでしょ?」  そんなに顔に出てたかな。  出てたかもね。  だって、昨日、俺から誘ったんだもの。  ――義信さんっ、明日、俺が大学終わった後、デートしませんか?  少し、びっくりしてた。  ちょっとだけ目を丸くしてた。  ――泊まり、がいい……な、って、思って……みたりして。  ドキドキしちゃって、声が段々小さくなっちゃったけど。控え室で二人っきりの時だったからそれでも十分聞こえていて。  ――親にはっ、ちゃんと言ってありますっ。昨日のうちに、その、付き合ってる人のところに泊まりに行ってもいいかって。  キュッと手を胸のところで握って、緊張にほっぺたが痛いくらいに力んじゃったけど、ちゃんと親にも言っておいたよ? わかったわ。夕飯、大丈夫ね。って、お母さんはそう言っただけで、それ以上のことは何も訊かれなかった。  ちゃんと話したら。  ――行ってらっしゃい。  ちゃんとそう言ってもらえた。 「いいなぁ。デートかぁ。しかも親公認ならもう気兼ねなしじゃん。いいなぁ、今度、その子の友達とか紹介してよ」  晶は苦手な実習があるからあまり好きじゃない曜日。そんな一日がようやく終わったって、大きな深呼吸と一緒にグンって手を天井に向けた。 「晶」 「んー? あ、っていうか、彼女さんの写真とか見てない! 今度見せてよ」  隠すのは簡単だけど。  隠すと、苦しくなるから。 「彼女、じゃないんだ」  言おうと思った。 「……汰由?」 「俺、男の人と付き合ってるんだ」 「…………ぇ」 「ごめん」 「……」  それでさ、晶が拒否するならそれも仕方ないと思う。ずっと仲良かったから悲しいけど。でも、ずっと仲良かった友だちだから、このまま誤魔化し続けて「彼女」がいるっていうのは、イヤだった。 「ずっと、言えなかった」 「…………」  ちゃんと話したいって思った。  義信さんとだから、ちゃんとしたいって思った。  義信さんは、それから聡衣さんも、佳祐さんも、ただ恋をしていた。すごく素敵な人で、大人でかっこよくて、可愛くて、優しくて。そんな人が一番素敵に笑い合える恋をしているところを見られたから。俺もそうなりたいし、義信さんとならなれるって思える。  これは、俺にとって大事で、大切で自慢したい恋だから。 「…………まぁ、なんとなく、そうなのかなって思ってた……かな」 「……晶」 「だって、急になんか変わって、彼女、じゃないのか、この場合は彼氏? なのか。付き合ってる人がいるっぽいってわかったけど、全然変わらず女子に興味ない感じだったじゃん?」  一番の仲良し、だった。  小学校からで。少し遠いところから来てるからちょっと通うのが大変だって言ってた。それがこれからずーっと、先の先、十年以上も先まで続くんだなぁなんて呟かれて、頑張れって言っていいのか、残念だねって言っていいのか迷ったのを覚えてる。  十年も先の自分はどんなふうなのだろうって思ったのも、覚えてる。それから。 「大人になっても絶対に友だちでいるって思えた、珍しい相手だもん。そんな最重要プライベート情報、隠され続けてたら、俺、グレる」 「っえ」 「だから、言ってくれてありがと」  それから、ね。  ――たゆ君とは、気が合うからずっと一緒にいたい! だから、ここの学校でよかったぁって、今は思ってる。  ここなら中学に上がっても、高校に移っても、もちろん大学生になっても友達でいられるから、いいよね、って俺も思ったよ。  俺も、晶と同じこと、思ったんだ。 「……そっか」 「うん」 「まぁ、相手はとりあえず、今は言わなくていいから」 「え? あ、あのっ、ごめ」 「いや、なんていうか、情報一気に言われると今日やった実習の復習のさまたげになるので」 「…………」 「んもぉ、マジで実習やなんだってぇ。いいよね。汰由にとっては最高の曜日だからさ」 「…………」 「はぁ」 「…………っぷ、あはははは」 「なっ、汰由っ! 笑うな!」 「だって」  晶は、ずっと、晶なんだもん。 「笑うなー!」 「ごめんごめん」 「って、ほら、デートなんでしょ?」 「!」 「明日の一限、代返してあげよっか?」 「平気」  一番仲の良い、友達だ。 「勉強、おろそかにしてると彼氏に怒られるんだ」  ちゃんと言うと、笑顔になるの。 「それじゃあね」  まるで、ずっと振り続けた雨が染み込んだ柔らかい土のよう。その土を温めて、葉っぱに栄養を降らせてあげる太陽みたいに。 「また明日」 「うん。またね。汰由」  明るい気持ちが広がっていく。

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